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小池創作所代表・小池一三のブログです
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縄文時代のほたての大きさ
洞爺湖から噴火湾周辺を斉藤真さんと回りました。案内人はホタテ漆喰壁をつくっている「あいもり」の小松幸雄さんです。
噴火湾の全体をパノラマ・イラストにして、歴史的・文化的・空間的な世界を統合的に入れ込もうという狙いを持ち、そのための取材です。小松さんのご案内は、こちらの意図をよみとり、的を得たものでした。詳しいことは、季刊誌『住む。』に連載している「森里海ものがたり」に書きますので、それを楽しみにしていただくとして、ここではとんでもなくおもしろい人に出会ったことを書き留めておきます。
それは、伊達市噴火湾文化研究所々長の大島直行さんのことです。人類学者であり、医学博士でもあり、伊達市の文化活動のコア的役割を担っておられることも特記されるべきことですが、噴火湾の語り部と言ったらいいのか、速射砲のように語られる話のおもしろいこと。たまげる話の連続で、脳髄につよい刺激を受けました。
ぼくと齋藤さんをキャッキャッと喜ばせたのは、有珠モシリ遺跡から発掘された二体の人骨の話でした。この二体の人骨は20歳位の若い女性で、地付きの女性ではないと大島さんは推理します。南海産の貝輪を身に付けていたこともあり、一人の女性は抜歯のあとがみられ、虫歯がみられること(本州の縄文人はドングリクノなどのデンプン質のものを多く食べていたのに対し、噴火湾の縄文人は海獣や魚介類が主)から、明らかに本州の縄文人、それも渥美半島あたりではないかといいます。藤村の『椰子の実』の歌で知られる渥美半島です。さもありなん、ということを思わせます。
大島さんは、渥美半島あたりの人だという「雰囲気がする」といいます。雰囲気とは、何とまあ学者らしくない言葉であることか。根拠は持っておられるけれど、はっきりとは分からない、分からないけれど想像はできる、それを「雰囲気がする」と言われているのですが、この羽ばたきによって、門外漢のぼくらも、縄文生活をありありと想像することができました。まんまと乗せられたわけですが、結構快感でした。
縄文時代のホタテの大きさについてお聞きしましたら、内輪のように大きく、厚くて、固いものだったと明快な回答がありました。ギョッとしましたね、これには。想像を超えていました。ぼくらは今の養殖もののホタテをホタテと思いがちだけれど、それを「内輪のように」と言って視覚化させ覆してくれたのです。
ここの貝塚は人骨も一緒に埋葬されています。ぼくは貝塚を、縄文人のごみ捨て場と思っていたので、これも驚きでした。大島さんはこれをアイヌに残る「もの送り」の考え方とダブらせます。アイヌは、日常生活に使った道具や食べ物の残り滓などを「送り場」に収め、感謝の祈りを捧げる儀式を行います。今流の言い方でいうと、循環、再生を願う祭祀です。
縄文時代は、約1万年続き、黄金貝塚は5000年前の話だけれど、それはアイヌに引き継がれ、似たような生活と祭祀は、本州ではとうの昔に消えてしまったけれど、このあたりではつい200年前まで続いていたと大島さんは言います。弥生時代からの文明志向がいけなかったと、ぼくは大島さんと意気投合したのでした。
この噴火湾文化研究所には、伊達市の所蔵品が置かれている部屋があって、そこも案内してくださいました。目が眩むような凄いお宝がたくさん置かれていて、伊達市の財政が傾いたら、これを売ればいいと大島さんは事もなげにいいます。夕張のことが頭を悩ましているのだな、ということを思いました。北海道は、すぐ裏側に深刻な不況がありますので……。
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by sosakujo | 2008-02-25 07:17
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