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小池創作所代表・小池一三のブログです
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『病家須知』を読む
 ナイチンゲールが、クリミア戦争でトルコに赴いたのは1853年でした。
 わが国最初の家庭医学の本、『病家(びょうか)須(す)知(ち)』が発行されたのは、それよりも20年早い1832(天保3年)でした。書名にいう病家とは、病人のいる家をいいます。須知とは「すべからく知るべし」いう意味です。
 この本の現代語訳が農文協から発行されました。
 著者は、武家出身の町医者平野重誠(179〜1867年)という人で、一生官職につかず、庶民の治療にあたり、42歳になって満を持して世に問うたのがこの本でした。その内容は、日々の養生の心得、病人看護の心得、食生活の指針、妊産婦のケア、助産法、小児養育の心得、伝染病対策、急病と怪我の救急法、終末ケアの心得、薬の使い方、医師の選び方とその付き合い方まで、家族の日常生活で必要な項目ばかりが並びます。
 病を癒す呼吸法を説いているページもあって、そこには『万葉集』にある「もの思ひもなし」という歌をうたいながら身体をさするのがよいと書いています。また、子育ては「大地の上に遊ばせて、暑さを避けるほかは、なるべく風や日光にあてることが、成長には有益」だと言います。
 看病については、坐臥(おきぶせ)の介抱や薬を飲ませることにあるのではなく、気持ちが落ち込むことに神経を使うべきで、「世間の庸(よう)医の仕業を見ると、頭痛といえば、処方集の頭痛の項にある薬を調剤して与えるが」、それは「芝居を見ていて泣いている人に悔やみをいうのと同じ」ようなものだといいます。まるで薬漬けの現代医学を笑っているようで、痛快でもあります。
 そもそも「医者三分、看病七分」というのが、この本の言わんとするところで、それは、今でいう「予防医学」の発想そのものです。
 食事や睡眠の大切さが、食材まで具体的に綴られていて、江戸時代の食生活も垣間見られ、結構、読みごたえがあります。
 江戸の町医者平野重誠によって『病家須知』が発行された天保の時代は、天災異変・凶作・大飢饉に人々が喘ぐ時代でもありました。大阪では大塩平八郎の乱があり、東北では百姓一揆が起こり、江戸でも困窮人に依る屯集と呼ばれる民衆蜂起があり、また数年前にはコレラが猛威を振るい、時代全体を不穏な空気が覆っていました。そういう時代に、家族でからだを守る予防医学を彼は説いたのでした。
 当時の江戸は人口100万人を超える大都市でした。同時期、ロンドンやパリが、人や家畜の排泄物が各所に堆積され、衛生面から下水道網の整備へと進んだのに対し、江戸では糞尿を投棄することなく農村に運び、農村はそれを肥料として用い、農作物にして江戸に還流しました。
 『大江戸リサイクル事情』(石川英輔著、講談社刊)の試算によれば、「江戸の住人たちによる排泄物の〈生産量〉は、1人平均が1年間に約10荷だった」(1荷は1桶に入る量)
 といいます。それでも、慢性的な下肥不足で売手市場だったといいますから、当時の江戸は100%以上の排泄物処理能力を持っていたことになります。
 排泄物の移送には馬が用いられました。馬は、農村からの還流品であるワラを食し、馬が落とした糞も集められ、捨てられた草鞋などと混ぜて、堆肥になりました。
排泄物だけでなく、古着を再利用する古手屋、再生紙のための故紙利用、融けて流れたロウソクを買い集めて再生する流し買いなど、資源リサイクルが徹底していました。当時のロウソクは、日光に一ヶ月も晒して作られ、高価なものだったので庶民には手がでないものでした。
 武家であっても、燭台の上にたれて固まったしずくは貴重なもので、流し買いが商売になったことが頷けます。
 江戸の町は、今の京町あたりは繁華していたものの総じて暗く、武家屋敷のあたりはフクロウが鳴いたといいます。この明暗が鶴屋南北をして、グロテスクで残忍な『東海道四谷怪談』を書かしめたともいわれます。鬱積したエネルギーを伴いながら、非常に特異な、パッシブ型社会を形成していたのでした。

 『病家須知』を読み解いていくと、作者平野重誠の、患者と向き合う息づかいが聞こえてくるようです。
 現代語訳の本の帯には「現代人を救う」「江戸期ニッポンは予防医学の最先端国家であった」と印刷されています。かなり高価な本(29,000円)なので、個人で買うのは大変ですが、図書館に働きかけ、揃えてもらうのがいいと思います。
 この現代語訳を中心になってまとめたのは、看護史研究会の保健医さんたちです。
この人たちの健闘を称えたくなる本です。
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by sosakujo | 2007-03-19 18:04
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