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小池創作所代表・小池一三のブログです
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OZONEのセミナーで講演します
東京・新宿のリビングデザインセンターOZONEで、
2012年2月16日~3月20日にかけて、
「日本の木と共に暮らす」と題するセミナー・展覧会が開催されます。

この催しは、国産材の種類、産地、さまざまな用途と魅力を紹介することを目的に、
下記のプログラムで開かれます。

わたしは、そのオープニングセミナーの講師を務めます。
お時間のある方は、入場無料ですので、ぜひ、ご参加ください。

■2/16(木) 15:00~16:40
会場 新宿パークタワー1Fギャラリー  
定員/80名 参加費/無料
オープニングセミナー
『日本の木と共に暮らす』
-「森の恵み・木のカタチ・2つのマンション改修事例を通して」 
小池一三(町の工務店ネット代表)

尾崎正直高知県知事によるオープニングセレモニー

■3/2(金)16:00~18:00
会場/新宿パークタワー1Fギャラリー
『負ける建築とは』隈研吾氏(建築家)
高知・梼原より~
高知県梼原町職員

■3/9(金)16:00~18:00
会場 OZONE3Fプラザ
国産材「杉」の魅力について 3/9(金)
 関原剛氏(協同組合ウッドワーク)
 小田原健氏(株式会社ベル研究所代表)
 芝静代氏(NPO法人緑の家学校主宰)
 山田佳行氏(エコアス馬路村)

■土佐の自然素材で家づくり
 2/17(金)、3/2(金)、3/3(土)、3/15(金)、3/16(土)
 土佐材流通促進協議会
 高知県庁職員
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# by sosakujo | 2012-02-02 15:38
浜松に雪が降った
今朝、わたしの家の周りは一面の雪化粧で、雪がチラチラ舞うことはあっても、めったに積もらない浜松なので、驚いています。

わたしの家は浜松の北に位置し、坂の上なので、街に出るには坂を下らなければなりません。出勤するかどうか躊躇っていました。クルマはノーマルタイヤだし、雪道の怖さは知っていますので、こんなときは動かないことに限ると思っていましたら、どうも事務所がある南側は、自宅よりも雪が少ないことがテレビ報道で分りました。それなら行けるということで出発したのでした。

スムーズに事務所まで着きましたが、地域微気候ということを体験できました。風は、障害物によって異なりますが、天から降る雪は、微気候ということにならないと思っていました。今回の雪で、ほんの5km程度で、これほど違うのだ、ということを知ったのでした。

雪国での模様が、連日、テレビで報道されているので、昨夜、江戸時代に書かれた鈴木牧之の『北越雪譜』を取り出して再読しました。今回も話題になっている秋山郷のことが書かれていて、これは今読んでもおもしろい本だと、改めて思いました。

越後ちりめんは、雪あってのものですが、長岡の高田清太郎さんからのメールでは、雪おろしをぼやきながらも、うまい米と酒と引き換えと考えればいいか、と書かれていて、ホッとしたのでした。
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# by sosakujo | 2012-02-02 10:32
古本で『機械の神話』を読む
このところ、原稿書きに追われています。
本屋に行って、立ち読みしながら、気に入った本を買い求めるのが至福の悦びでありますが、最近はwebで検索して、古本があれば古本を買っています。第一の理由は「安い」ことに尽きます。

わたしが読む本は、どちらかというと読まれていない本が多く、1円という値段のものが少なくありません。その書店は何で利益を挙げているかといえば、輸送賃のカスリです。幾らにもならないだろうと思いますが、何十円の利益が貴重だとすると、昨今の経済事情が透けて見えて切なくなります。

どんなに苦心して書いたかを考えると、本当は新刊で買うべきかも知れません。だから古本の購入は、少しばかり負い目がついて回ります。ただ、古本を繰っていると、前の読者が引いた罫線やメモ書きがあって、人の読書の後を辿っているようで、結構、楽しめます。

昨日、送付されてきたのは、アメリカの文明批評家であり、歴史家であり、フランク・ロイド・ライトとの交友で知られるルイス・マンフォードの『機械の神話』という本でした。

ルイス・マンフォードは、「風も室温も、夜も昼の明かりも人工的にコントロールする建築は地下街と同じだ」と言っていて、今、彼の初期からの本を読み込んでいます。

ルイス・マンフォードは、この本の中で、「前世紀に、主として数学と物理学が工学全体にあたえた衝撃の結果」として、「核エネルギー、超音速の輸送、人工頭脳、瞬時の遠距離伝達といった新しい領域」が開かれたが、「もしこの経過が弱められも糺されもしないで続くとすれば、さらにいっそう根本的な変化が行く手に立ち現れようと言っていて、今日を予言した書となっています。

この本が、1967年に書かれていたことを考えると、凄いと思いました。
『機械の神話』は、彼の仕事の集大成に位置づけられる本ですが、彼は処女作の『ユートピア物語』以来、ほとんど文明についての考察に費やしてきたのでした。この本の訳者が、フランク・ロイド・ライトの訳本や、ル・コルビュジェの『伽藍が白かったとき』 の訳者として知られる樋口清さんであったことも、うれしく感じました。樋口さんのことは、亡くなった遠藤楽さんから、いろいろなお話をうかがっていましたので・・・。

この古本の罫線と書き込みは、ほとんど全ページに及んでいて、驚くべき熱心な読者であることをうかがわせます。このため速読するのが、躊躇われました。
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# by sosakujo | 2012-01-27 14:03
古代『風土記」のこと
この正月は、原稿書きに追われていますが、ぼくの悪癖は脇道に逸れることです。今回は、古代の「風土記」に目が向きました。『常陸国風土記』を読んでいて、といっても漢学の素養のないぼくには歯が立たないため、もっぱら訳注本に頼るのですが、訳注者には親切な人がいて、たとえば『常陸国風土記』の「筑波」の項は、「備前国風土記」と、文全体の構成・漢文修辞のあり方、歌垣の歌の採取などそっくりさんだと書いていて、それにぼくは可笑しみを誘われたのでした。

よく見ると、各地の古代風土記は、同時期に作成されています。簡単に言うと、風土記とは、元明天皇の詔(官命)により、各令制国の国庁が編纂した、奈良時代初期の官撰の地誌なのですね。その内容は、
1.郡郷の名
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.伝えられている旧聞異事
が挙げられていて、現在、写本として5つが現存し、『出雲国風土記』がほぼ完本のカタチで残されています。あと『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した内容で残されています。

常陸国は、大化改新(645年)により646年(大化2)に設置されました。新治、白壁(真壁)、筑波、河内、信太、茨城、行方、香島(鹿島)、那賀(那珂)、久慈、多珂(多賀)の11郡が置かれ、石岡市に、国府と国分寺が置かれました。

都で官命を受け、官僚たちは、『風土記」の作成に乗り出したのですが、参考になる文献はなく、頭を悩ましたものと推量されます。都に戻っての「会合」で顔を会わせると、おそらく、「おい、どうしてる?」と声を掛け合い、情報を交換しあったのでしょうね。地域が違うのに似てしまったのは、そのためだと思います。

そのように割り引いて読み直し、その地域固有の表現となるのですが、あまりありません。「筑波」の項では、みんなが山に登り、歌を歌っていたというような記述で、他愛無い内容です。けれど、訳注者は、微細な違いを見出して、これはほかにない記述だと誉めそやします。

日本の官僚の元始の姿が髣髴とされて、ぼくには、そこがおもしろくてなりませんでした。
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# by sosakujo | 2012-01-11 09:22
2012年元旦
 新年あけましておめでとうございます。
 恙なく、よきお正月をお迎えのこととお喜び申し上げます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 わたしの元旦は、NHKの「行くる年来る年」が午前0時を告げると、一人で近くの神社に出掛けて、祈願し、甘酒をいただいて戻り、そのあと、パソコンに向かって原稿を書きながら、『朝まで生テレビ』を聴き、番組終了後、コンビニに出向いてすべての元旦号の新聞を買い求め、家に戻ると、ちょうど初日の出の時間で、2階の部屋からそれを見て、9時にお雑煮とおせち料理をいただき、そのころ年賀状がとどき、年賀状に目を通し、新聞を読み込むというふうで、ゲンを担ぐわけではありませんが、毎年、このパタンにしたがっています。

 今年の『行くる年来る年』は、年が明けるまでは鎮魂の番組でした。『朝まで生テレビ』は原発事故を特集していました。司会の田原総一郎の勘違いな発言が目立ち、論議が迷走していました。今年の初日の出は、地平線に淀む雲を破りながら顔を見せてくれました。
 太陽エネルギー利用を、この28年間仕事にしているので、初日の出を拝まないと年が明けた感じがしません。今年は、省エネ・創エネ・蓄エネの三つがテーマになりそうです。独創的な展開をはかりたいと思っています。

 さて、今年の新聞記事ですが、読みながらふいと頭を過ぎったのは、ジャン・ポール・サルトルの戯曲のタイトル『出口なし』でした。未曾有の天災と原発事故、止まらない円高、低迷する経済、停滞する政治・・・。いろいろな論評が出ていましたが、閉塞している現状を突き動かすものを、ついに見出すことはできませんでした。文明の黄昏、ということを感じました。

 殊に、政治への幻滅が深いですね。脱原発に政治の舵が切られるかと期待しましたが、時の政権は、次々と原発再開の手を打っています。あれだけの災厄をもたらしながら、原発を海外に売ると言い出しています。原発事故は終息したといいます。 

 新年度の政府予算は、原発推進事業費に4188億円を計上しました。前年度から11億円しか減額していません。問題視される高速増殖炉の研究費は2359億円計上し、「原発推進」を予算的にも裏付けました。
 この予算は、借金が歳出の半分を占め、国の借金は1000兆円を超えます。新年度予算を伝える朝日新聞の一面トップの見出しは「規律なき予算」というもので、消費税率10%を先食いする予算となっています。

 昨年末、原発事故に関する、政府の「事故調査・検証委員会(委員長/畑村洋太郎東大名誉教授。委員には尾池和夫元京大総長など)」の中間報告書が公表されました。
 国・東電の甘い対策が指摘されています。注目したのは、事前の過酷事故対策で、この原発事故が「起こるべきして起こったこと」を炙り出しています。これを読んで思ったことは、人類に原子力を扱う能力があるのかどうか、という根本的な疑義でした。

 梅原猛は朝日新聞の元旦号で、インタビューに応えて、「現代の科学技術文明を基礎づけたのは17世紀の哲学」であるデカルトで、その哲学が3.11を経て「大きく揺らいでいる」との持論を語っていました。原発は「温暖化防止にも役立ち、人類の救世主のように思われたけど、結果として悪魔のエネルギーだった」と断定します。欧米文明にとって、森は未開の象徴です。森を壊すことで、人類は文明を築いてきました。このあたりのこと解く梅原の哲学論は、まことに示唆的です。

 わたしはいま、ある依頼を受けて、筑波山麓の里山の形成について調べています。高度経済成長下の開発地、千里ニュータウンや多摩ニュータウンなどは、みな里山を壊して造成されました。つくば学研都市も同様です。
 しかし、これらの里山群は原生林ではありませんでした。よく手つかずの自然といわれますが、古くから人が住み着いている日本では、原生林といわれるところさえ、ほとんど人の手が入っています。

 つくばは、関東ローム層が地表を覆う赤土で、日照りが続くと土埃が舞い、雨が続くと泥に足を取られる痩せた土地でした。つくばは、オカボ(陸稲)・ラッカセイ・サツマイモの特産地として知られますが、言い換えると、それだけ生産性の乏しい土地であったということです。
 この地の人は、痩せた土地でも成長するアカマツを植え、シラカシ、コナラ、ケヤキなどを植えました。アカマツは薪や木炭になり、建築用材になりました。コナラは、秋に葉が落ちず、春に落葉します。冬に茶色の樹冠をみせてくれますが、春の陽光を浴びた落葉は土地に滋養を与えました。コナラは、多くの菌類と菌根を作るため、菌根性のきのこが採れました。

 つくばの林は、人が植え手入れを怠らず、育てたものです。今の日本の森林危機は、このようなあり方を放棄したが故に生まれたものです。日本の自然と人との関係は、その意味で文明的ではなく、文化的といえるものです。
 この文化を駆逐してきたのが、日本的文明であって、それが転換点をむかえたことを、年の初めにしっかり認識しなければ、と思っているところです。
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# by sosakujo | 2012-01-01 13:33
阿武隈川から海へ500億ベクトル
今朝(11/25)の朝日新聞東京版に、「阿武隈川から海へ500億ベクトル」という見出しの記事がありました。本来なら一面トップに来るべき記事なのに、囲み記事扱いでした。

この記事は、京都大・筑波大・気象研究所などの合同調査に基づくもので、福島県中央部を流れる阿武隈川から海に流れ出る放射性セシウムの量が、一日あたり約500億ベクトルにのぼることを明らかにしたものです。

500億ベクトルという数値は、東京電力が4月に海に放出した低濃度汚染水のセシウムの総量に匹敵します。それを毎日放出しているというのですから、これは大変な量です。記事によれば、この汚染水の9割以上は浮遊する粘土などの微粒子に付着した分だということです。
降雨などで少しずつ流れ続けての結果ですが、除染の結果、流れ出しているものも少なくはなく、結局、除染は移染に過ぎないことを示していると見ざるを得ません。

海洋汚染は、国際的に問われることなのに、小さな話のままでいいのでしょうか。
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# by sosakujo | 2011-11-25 10:31
ターシャ・チューダーの四季の庭
夜中に起きて原稿を書く習慣が続いていますが、ぼくはテレビを見ながら書く癖があって、お気に入りはBSプレミアムです。今夜は庭の達人というべき、絵本作家・ターシャ・チューダーの四季の庭「喜びは創り出すもの」を放映していました。再放送で、前に見たいと思って見ていなかったので、失ったものが戻ってきたようで、得した気分になりました。

それにしても、この老婆はスゴイですね。
ターシャ・テューダー(Tasha Tudor)は、46歳で離婚し、50歳代半ばからバーモント州の小さな町のはずれで自給自足の一人暮らしを始め、広大な庭で季節の花々を育てます。
彼女の曽祖父は、ミネラル・ウォーターで財を築いたフレデリック・テューダーです。
彼女の庭は、富豪の娘だったからやれたこと、という見方がありますが、富豪の娘ならだれもができることではなく、それは彼女のシチュエーションの一つであるとしても、彼女の庭の魅力は、何より彼女の生き方を映し出していることにある、と思いました。

ターシャは、土を感じたいからと、夏の庭をハダシで歩く場面がありました。蛇が出没するというのに、スタスタと歩き回ります。この自由さ、奔放さ・・・。
庭だけでなく、「コーギー・コテージ」と呼ばれる建物も、暖炉やベッドとロッキングチェアー、身近な紅茶のカップに至るまで、質素でありながら上質で、ものを大切に扱う毎日の生活がそれを生んでいると思いました。

ターシャは、この番組収録のあと、2008年6月18日になくなりました。享年92歳。
6月は、ターシャの庭が最も輝く月だと番組で紹介されていました。亡くなった後に起こったことは、広大な土地などの遺産をめぐり、親族間で訴訟が起こされました。あの庭はどうなるのだろうと思われました。
けれど、それがどうであれ、ターシャ・テューダーの生き方は、多くの人に受け継がれると思います。
この番組から、ぼくはものづくりで肝心な姿勢を教えられました。
とても爽快な気分です。


先週は一週間まるまる旅に出ていました。
大阪港から船で立ち、翌朝8時に志布志港に着き、宮崎・鹿児島・熊本・福岡・北九州・広島を回ってきました。

今回の旅は、一つは撮影の立会いのため、今一つは町の工務店ネット恒例の「爆裂ツアー」に同行することなどで、「爆裂ツアー」では六つの建物を見て回りました。
鹿児島の「現代町家」モデルは、このプロジェクトの現在の到達点を示すものに仕上がっていて、参加者の興奮を呼びました。
熊本はミズタホームの3年前に建てられた家と、新しいモデルハウスを見ました。学ぶところ多く、それについては別に原稿で書くことにします。
福岡では、悠山想の仕事を見ました。木を木で繋ぎ、湿式の土壁を一貫して追求されてきた宮本さんの真骨頂を見ることができました。八女星野の棚田に建てられた家は、殊に印象的でした。

見て回って感じたことは、それぞれの仕事はターシャと同じように、それぞれの生き方を映し出していることでした。感銘喪失の時代にあって、みんな丹念に、ていねいに仕事をされていました。

今週は事務所にいて、来週は茨城の山に入ります。
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# by sosakujo | 2011-11-22 04:11
除染は移染
このところ、毎週3日以上、出張が続いています。
今週は日曜日に家を出て、昨夜戻りました。月曜日に、つくばに入り、小玉祐一郎さんと一緒に茨城県の関係者とあれこれ打ち合わせました。

10:30につくばを出発し、市川かおりさんによる、趙海光さんの自宅マンションの改修写真撮影に立会い、そのあと、六本木のミッドタウンで開かれた「グッドデザイン賞」の審査講評会に行きました。「びおハウス」が、審査講評の対象になるということで、それは聞かないわけには行きません。講評は難波和彦さんで、一つ一つ俎上に乗せ、かなり辛口の評もありましたが、びおハウスは、まあ穏当な批評でありました。そのあと、郡裕美さんと村田直子さんと六本木の小さな居酒屋、めまぐるしい一日でした。わたしは早めに退散しましたが、二人は深夜までやったようです。

翌日は、遠野に入りました。
C.W.ニコルさんと天野礼子さんが、遠野の「馬付住宅(設計/永田昌民)を見たいということで、ご案内しました。
新幹線で新花巻に降り立ち、釜石線が来るまで1時間待ちました。のんびりした時間が与えられ、また、のんびりした鈍行列車に揺られて遠野に入りました。紅葉の盛りを過ぎていましたが、秋深くの遠野は静かでよかったです。
ランドスケープの田瀬さんは、ここで米や豆をつくり、味噌をつくっておられ、食材に供されて、おいしくいただきました。テレビも、新聞もなく、余分なことに頭を使わなくて済むのがよかったです。ニコルさんは、焼酎を飲んで幸せそうでした。夜1時ごろまで、何だかんだの話し合い。

帰りに遠野の駅で新聞を買って、読みました。
除染のこと、PTT.ベトナムとの原発調印の記事などが出ていて、「どじょう首相」は、何事も黙々とやってのける人なのだ、との認識をつよくしました。今朝の朝日新聞では、年内に消費税の道筋をつける動きが急とのこと・・・。

遠野は、三陸海岸の復興前線基地で、物資も、新聞記者も、ここを起点にして動いています。
福島は遠いけれど、原発問題は、こちらの人の意識のなかに鉛のように重くあることが分りました。

除染は、移染だと喝破したのは池澤夏樹です。
除染した土を山に運ぶといいます。コンクリートで固められるわけではありませんので、雨が降ると流れ出します。自然界に存在しない放射性物質は、そうして海へと「移染」されるのです。
原発の稼動再開は、そう簡単なことではないのに、事態はそちらに向けて刻々と動いています。
問われているなぁ、と痛感しています。

貿易自由化が、日本の農林業をいかに壊したか、その現実とずっと向き合ってきましたので、今度のPTTは、慎重であるべきと考えています。農地を10倍にして強くする、と言われていますが、それは凄まじいまでの農家破壊の果てにあることで、実に険しい話ですね。

この日、木枯らし一番があちらこちらで吹きましたが、政治は冬に向かっているようです。
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# by sosakujo | 2011-10-27 17:14
朝早い時間の国際放送
朝早い時間の国際放送を聴きながら原稿を書いたり、本を読んだり、時にはDVDを見ていたり(観るより、聴いている時間の方が多い)するのが、わたしの深夜から朝に掛けての過ごし方になっています。

今朝はリビアのカダフィのことが 報道されていました。BS1の映像は、イギリスのBBC、フランスのBFMのニュース映像をそのまま放映するのですが、事件直後ということもあり、かなり生々しい映像が出ていました。これが7時以降の一般放送では編集された映像になりますが、まあ、早起きは三文の得があるというところでしょうか。

カダフィは、配水管に隠れていて引きずり出されたのですが、「ネズミどもをやっつけろ!」と演説をぶっていた当の本人がネズミのように、配水管をはいずっていたわけで、歴史は何とも皮肉なことをするものだ、と思いました。
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# by sosakujo | 2011-10-21 10:03
八溝ヒノキ厚板の使い回し
先日、建築家趙海光の自宅マンション改修事例を見る機会が得られました。
築後30年を経たマンションです。

趙さんは大学卒業後、『「秋葉原」感覚で住宅を考える』で知られる石山修武さんの事務所に勤められました。このマンションは、その事務所時代に建てられたもので、随所に、伊豆松崎町の建築物のような、あの「石山風」が見られました。

このマンション改修は、西の大阪では吉野材を用いたマンション改修(設計/益子義弘・河合俊和)を、東では茨城県から産出される「日光八溝材」を用いての取り組みになりました。街の工務店ネットの、マンション改修の事例を生むことと、戸建インフィル展開法をはかるための取り組みの一環のものです。

西のそれは、益子さん・河合さんということもあり、精緻に長けたもので、吉野材の魅力が如何なく発揮されるものになりました。
これに対し、東の趙さんのそれは、新しく開発された「日光八溝材」のヒノキ集成板材と、厚さ3センチ、巾21センチのヒノキ厚板の使い回しをテーマにする、骨太な展開になっています。

日光八溝山系のヒノキ材は、国産のヒノキ産地の北限をなし、平均気温が低く、雨量が少ないため、年輪幅が一定で通直な材多く、薄桃色の光沢を有する良材です。その良さは、この山系がまたがる茨城・栃木・福島で知られているものの、近隣の東京、埼玉、神奈川でもあまり知られていません。

ヒノキの厚板は、吉野にも木曽にもあります。師匠の奥村昭雄さんの木曽三岳板倉山荘の厚板は、木曽五木の一つサワラです。木曽ではヒノキは売るもので、地元ではサワラが板材として用いられていました。奥村さんは、その板倉を買い取って、山荘を造られたのでした。

吉野も木曽も、ヒノキ厚板となると高くて手が出ません。九州はスギが多く、わずかに対馬ヒノキがありますが、樹齢を重ねた材はほとんど伐採されてしまい、細いものが多くて厚板利用に向いていません。その復活をだれよりも願いますが、対馬ひのきの特性を生かし、当面は土台に用いたらどうかと提案しています。
わたしの地元の天竜にもヒノキはありますが、主流はスギです。
八溝のヒノキ厚板も、それなりにコストが掛りますが、比較すると割安です。

ヒノキの厚板は、それ自体、とても贅沢なものです。圧倒的な質感があります。香りの良さは他に代えがたいものがあります。日本の材の王様というにふさわしいものです。

厚板利用の難点は、ぶてっとしたデザインになりがちな点です。ヨコ板の落とし込みの手法もあるが、枠がほしくなり、重たくなってしまいます。

今回の趙さんのデザインは、構造がRC造で狭い空間での展開にならざるを得ませんでした。コンクリートの天井・壁・床を穿つことを避け、また枠材を設けないでタテに自立させる手法が採られました。そのためなのか、厚板なのに抑制が利いていて、伸びやかな空間を生んでいます。建築の悪条件が、思っても見ない好結果を押し出す例の一つになりました。

スケルトン&インフィルといいますが、だれもスケルトンには目が向くものの、インフィルは、置き去りにされがちです。インフィルは変化するものなので、どうかすると薄っぺらな造りになってしまうのです。間仕切り壁の素材は、いいところ三層合板で、ムク材利用は少ないのが実情です。そこに厚板のヒノキを用いたら、意外感があっていいと思いました。

このインフィル材は、数十年後のリフォームで再利用できます。
大黒柱や梁材の再利用は少なくありませんが、内装材の再利用はこれまで見られません。昔(借家が多かった時代)は、引っ越しに際して、建具や畳まで運んだものでした。スケルトンを売却するなら、この厚板は取り外し、新しい家で再利用するのも悪くありません。

西欧人は「この椅子はおばあちゃんが坐っていた椅子」だといって大切にしますが、厚板を代々引き継ぐというのは日本的でいいと思います。100年~150年、いや200年使い回すことを考えると、コストは、むしろ安いものです。

山にとっても、厚板は石数が増えるので、非常に好ましいことです。

しかしそのためには、新築時にそういう造りにしなければなりません。床も天井も傷めず、厚板を自立させる方法を編み出さなければならず、趙さんのデザイン成果をもとに、あれこれ検討を重ねているところです。ここ数日で分かったことは、ヨコ板にしても、すっきりした使い方ができる手法が見えてきたことです。
おもしろくなりそうです。

このことは、11月号の親権ハウジング『プラスワン』に、写真入りで書きました。この原稿は連載でやっていますので(もう41回になります)、これからも、このテーマを追うことにします。
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# by sosakujo | 2011-10-21 05:09