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小池創作所代表・小池一三のブログです
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浜岡が止まることになった
浜岡原発が、すべて止まることになりました。
これをずっと主張してきましたので、感慨を禁じえません。

浜岡については、『住まいを予防医学する本』にかなりのページを割いて載せました。
この本は2007年の発行です。持っている人は、ぜひ、読み直してください。
住まいネット新聞「びお」にも再録しています。

当然、あの時点であそこまで書き込むことにためらいがなかったといえば嘘になります。今回の福島第一原発事故の際にも、すぐに浜岡原発と四国の伊方原発を止めるべきだと打ち出しました。これも社会通念に照らして、勇気を必要としました。

わたしは、工務店グループの代表であり、ある意味、政治的な主張と受け止められかねないことを言ってきたのでした。
建築は、文明の一つであり、どのような文明をめざすべきかという意思を持つべきだと考えてのことで、それで組織が滅びるなら致し方ないと考えてのことでした。

『住まいを予防医学する本』には、電磁波についてもアスベストについても、踏み込んで書き込みました。ドイツの電磁波研究所の写真も探し出して載せました。
住宅業界が「オール電化」になびく中での掲載であり、無謀、無茶だという意見もありました。
しかし、少なくとも50年という単位で考えれば、言うべきことを伏せてはならないと考えました。
業界紙は、理念の必要を言いながら、本質的な問題を考えることを回避していました。
みんな避けていました。それほどに東京電力は怖い存在でした。彼らの横暴を許してきたことが、今回の福島原発の事故を生んだのだと思います。

中部電力は、福島の事故の後、浜岡原発は12mの防波堤を設けるので大丈夫だと言っていました。
工事期間は、少なくとも2年を要するという話でした。
一方、東海地震は明日起こっても不思議でないということですので、それを政治が見逃すのか、と思っていました。
浜岡のすぐ隣に住んでいるからというだけでなく、もし東海地震が起これば、日本は滅びます。

今回の停止は、管総理の英断でありますが、論理的に考えると、唐突なことでもなんでもなく、至極、当然のことだと思っています。地震が起こらないドイツにあって、メルケル首相が判断したことと比較して、なあなあ社会の日本に呆れていたわたしは、この英断に、日本は捨てたものではないと思いました。これはやはり、自民党内閣ではできなかったことで、この一事をもって、民主党内閣を選んだことの意味はあった、と思いました。

今回の英断は、日本の現代文明のターニング・ポイントになると思います。
多分、これから週刊誌で書かれることは、菅内閣の延命策であり、スタンドプレーだといった攻撃でしょう。しかし、菅政権の行方にかかわらず、この政治決断はやはり重いと思います。

建築が考えなければいけないことが、いよいよ、これから問われます。
連休も何もなく、今、そのことで走り回っています。
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by sosakujo | 2011-05-07 00:57
石巻訪問記
昨日、石巻の地元の人の案内で、武山倫さんとご一緒して、津波に襲われた石巻の各所を視察しました。その光景は、テレビで、新聞で、雑誌で、目にし、耳にしていることですが、それらから五感が知覚できること、想像力の及ぶところは、ほんの僅かなことだと痛感しました。

最初に訪問したのは、石巻の新港湾部にある製材工場、製紙工場などでした。
製紙工場あたりは、コンテナがグリコのおまけのおもちゃのように流されていて、コンテナを牽引するデーゼルが逆立ちしたまま放置されていました。再生紙用に集められた古紙が泥の上に散乱し、その夥しいまでのゴミの量と、腐臭に鼻が悲鳴をあげました。

案内いただいたのは、この一角にある大きな製材工場の代表者を務める方で、彼は、流された原木800本を、幾日も掛けて泥の中から救い出した人です。泥水の中に遺体が浮かんでいて、広島や長崎の被爆地に自分が立っているような思いをしながら、自ら鳶口 ( とびぐち )を手にし、原木 丸太を一本一本集めたのでした。その鳶口は、卸売市場でマグロ業者が用いる柄の短いもので、これが使いやすいのだと言っていました。頼れたのは重機ではなく、鳶口だったのですね。

この工場には、皆川林野庁長官が先に訪問されていて、海辺に面した木造大断面集成材の建物が残っていたことに、たいそう感激されたという話でした。鉄骨の工場がぐにゃりと変形しているのと対比をなしていて、これが残ったため製材機械類が、かろうじて守られたという話でした。

石巻は水産の街です。その工場やら、流通基地となっている一角を回りました。
ここでも破壊は凄まじく、道路沿いの瓦礫こそ撤去されたものの、打ち捨てられた車両の数々、看板類や大型冷凍庫などが混在しながら、あえていうなら鬱々としてありました。
呆然としながら思ったことは、ここで大勢の人が働いていたのだ、ということでした。
水産基地としては、私の知る限り、釧路のそれと匹敵する大きさです。
小さな卸問屋や梱包を扱う会社など、その雑多さは水産の街に特有のものですが、破壊が大きすぎて手を出せないのか、人の姿をほとんど見掛けませんでした。

ここに働いていた人は、ほとんど解雇されたといいます。
経営者たちが、津波に遭って最初に「経営判断」したことは、経営を放棄することでした。雇用を切るということは、即、経営が亡くなることでありますので・・・。それぞれに零細な水産関連会社が、給料を出し続けることはムリなことです。失業保険の適用を受ける方が実際的でありますが、人手を失った被災のあとは放置にまかせられ、音が消えた水産の街というものの不気味さは、言語に絶するものがありました。

今、東北には膨大な瓦礫があります。岩手県の推計では、今回の津波によって生じた災害廃棄物は、一般廃棄物の12年分に相当する580万㌧もあるといいます。東北三県を合わせると、ものすごい量の「資源」がそこにあります。これを資源に変えるには、廃棄物を用途に合わせて分別することです。金属物はリサイクルに、コンクリートなどは地震によって生じた地盤沈下に、木片はチップにして、パルプやバイオマス、木繊維断熱材などにリサイクルします。

今回の訪問は、実は、この分別作業を、地域ごとに時限を設けた失業対策事業(雇用対策)にしてやってはどうか、という提案を行うべくやってきたのでした。瓦礫の撤去作業をボランティアに任せてやり切れるものではありません。住居地はともかく、生産の場所はなおさら困難なことです。

2年程度の時限にして、その間に、本格雇用できる事業所を整備します。、この廃棄物利用の中から新しい事業の誕生をはかり、それを根付かせることが復興の基礎条件になるのでは、と考えてのことでした。7万戸もの仮設住宅を造っても雇用がなければ地域は荒れます。ニューヨークの犯罪が減ったのは、雇用を条件づけたことでした。

わたしは、その木片利用に一つのアイデアを持っていて、石巻の工場は、そのポテンシャルを有していると考え、瓦礫の木片を用いなくてもやれることです。しかし、この地域の将来を考えると、瓦礫をどうするのかということが重くのしかかっており、それは瓦礫を資源に変えることなくしてありえないと思われました。そしてそれを雇用創出の機会にしてはどうか、というのが私の提案です。
話が大きいので、どこまでやれるか分かりませんが、今回の訪問で、その可能性を共有することはできました。来週、もう一度石巻を訪問します。

水産基地を見た後、津波で壊滅した町として知られる雄勝町を訪ねました。
雄勝町は、硯石や東京駅のスレート屋根の素材(この話はややこしい問題に発展しており、別にまた書きます)の産地として知られます。
石巻から北上川を遡り、途中で山越えして入ります。リアス式海岸に面した入り江の町です。
大型バスが津波で流され、3階建ての公民館の上に留っていました。役場も、学校もやられ、小さな建物は壊滅的に流され、茫漠とした光景が広がっていました。

石巻の街で、ボランティアしている仙台の工務店、建築工房零の小野幸助さん一行と、偶然、お会いしました。小野さんの奮闘ぶりは、いろいろ聞いていて、その勇姿に接し、雄勝でのショックが、少し和らぎました。北九州の木島さんがいらした話や、町の工務店ネットのみなさんのカンパの話など、短い時間でしたが、お聞きすることができました。仲間の皆さんに、感謝の気持ちを伝えてほしいと言われました。
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by sosakujo | 2011-05-05 07:14