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小池創作所代表・小池一三のブログです
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津和野 青野山
一昨日、博多から島根の益田に入り、片山和俊先生と合流し、雪舟の二つの庭を見て、車で津和野に移動し、そこで「民家の再生」の降幡廣信先生と合流し、地元の建築家のご案内で市内を散策しました。

津和野は何回か訪ねていて、殿町と町家、森鴎外や西周の旧居、安野光雅美術館や水俣の写真で知られる桑原史成写真館など、見どころはたくさんあります。
今回は、まず永明寺に案内されました。とてもいいお寺で、島根県最古の禅寺です。歴代の津和野城主の菩提寺となっています。永明寺は「ようめいじ」と読みます。茅葺き屋根の本堂があって、寺を囲う緑が鮮やかでした。

境内に森鴎外の墓がありました。
「石見人 森林太郎として死せんと欲す」という鷗外の遺言により、中村不折の筆による「森林太郎之墓」と書かれた墓は簡潔なもので、鴎外その人を伝えるものでした。

お寺の坂を下って、路地を歩きながら、町家の屋根の向こうに青野山が見えました。
お椀のようにまん丸い、きれいな山です。
「この山は、ぼくの子ども時代は坊主山だったんですよ」と、ご案内いただいた津和野の建築家百合本修司さんはいいます。「そうだったんだ」とぼくは声をあげました。
この山は、安野光雅画伯の絵に描かれていて、山口線で通るときも、車で通るときも、いつも目にする山です。意外と標高があって908m、トロイデ式の休火山です。

この山は、江戸時代の画家、谷文晁の『日本名山図会』にも出ていて有名な山ですが、坊主山だったとは知りませんでした。炭俵や肥料に必要だったカヤを育てる山で、毎年一回山焼きされたそうです。山焼きといえば、奈良の若草山や、伊豆の大室山が有名ですが、青野山の場合、独立峰ではあるけれど、シルエット的にはほかの山と重なっていて、緑の濃淡が鮮やかだったことが想像されました。
何度も何度も青野山を振り返りながら、津和野をあとにしたのでした。

益田でのシンポジウムも無事に終えて、一週間に及ぶ出張から、今朝の鉄道でようやく帰途に着きます。津和野を通るときには左側の席に坐って、青野山を見ながら帰ります。

週明けは、いよいよ耐震化推進会議、旅の中で「アピール文」の起草や、プレスリリースの原稿を欠いていました。まだ作業は、たくさん残っています。
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by sosakujo | 2010-08-29 06:37
〈直伝〉〈秘伝〉〈口伝〉
昨日、浅草で「一坪里山」教室が開かれました。
田瀬l理夫さんが、数十年掛けて蓄積されたノウハウが惜しげもなく披露されました。そんな細部まで教えていいのか、というもので、これは大変な内容だね、と香川の菅さんは感嘆されていました。
田瀬さんは「教えない」人として有名です。それはほんとうは違っていて、ほんとうに学ぼうとする人には、とても親切な人で、手軽にノウハウを手に入れようという人に対しては冷たい、と言い換えるべきです。

田瀬さんとは、これをまとめた〈マニュアル〉は作らないことで一致しました。
この勉強会に参加していても、ボォーとしていた人は身につかなくていいと思っています。
〈一期一会〉といっては何ですが、真剣に学んだ者だけが身につけることができる、それで行こうと思いました。

ひとつは、これだけの内容を、細大漏らさず〈マニュアル〉にまとめるのは困難だと言うことと、香の薄れたものにならざるを得ないためです。
ハウツウものが用意され、万事、手軽にノウハウを身につけられる風潮は、ほんとうの技術の伝授を妨げています。ここで聞き逃したらおしまい、という緊張感が大切であって、ボォーとしていても、あとで〈マニュアル〉を見ればいいということでは、これはダメですね。

教室のあとは、浅草の「だぜう屋 駒形」で泥鰌をいただきました。
ここは昭和初期の香りが残っていて、てきぱきと働く浅草娘の動きを目にしながら泥鰌を食べるのは、一つの風流だと思いました。

有楽町の東京国際フォーラムで9/1に予定している「木の家耐震推進会議発会式」の一般参加者は定員に達し、むしろオーバーが心配される状況となっています。
養老孟司・天野礼子・小池一三を呼び掛け発起人とし、住宅・林業の分野で、日本を代表する業界6団体代表が呼びかけ人になって推進する会議です。

6団体代表は、以下の方々です。
青木宏之(社団法人全国中小建築工事業団体連合会会長)
梅野博之(全国森林組合連合会代表理事専務)  
田村豪勇(全国建設労働組合総連合中央執行委員長)
並木瑛夫(社団法人全国木材組合連合会会長)  
藤本昌也(社団法人日本建築士会連合会会長)
豆原義重(国産材製材協会会長)

発会式は、養老さんの講演があり、目黒公郎東大教授の問題提起があり、パネルディスカッションありというプログラムですが、前原誠司国交大臣・皆川芳嗣林野庁長官のご挨拶が予定され、また総理からメッセージが寄せられる予定にもなっています。  

わたしの方は、今日で出張4日目で、暑気にあてられ、少々バテ気味です。
今日は朝早い便で長崎に参ります。諫早で講演があり、そのあと博多に入り、久しぶりに長崎秀人さんとお会いします。
明日は一番の電車で島根の益田に入ります。
益田は「木の家シンポジウム」が準備されていて、そのパネルデスカッションの司会を務めることになっています。帰宅は29日。そして9/1の発会式という予定です。
夜が明けたら、長崎の諫早に発ちます。             
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by sosakujo | 2010-08-26 04:34
木の家耐震改修推進会議
養老孟司さん、天野礼子さん、わたしの三人が呼びかけ人になって、表題の推進会議をつくることになりました。そのシンポジウムを9月1日に、有楽町の東京国際フォーラムで開催します。

プログラムは、次の通りです。

「“木の家”耐震改修推進会議(仮称)」発会式 プログラム (予定)
開催日/9月1日(水)関東大震災の記念日であり、防災の日
    午後3時~4時50分
会場/有楽町・東京国際フォーラムG502
参加費/無料(定員130名/先着順)
参加お申し込み/「“木の家”耐震改修推進会議(仮称)」準備室
      FAX053-476-1313
3:00~ 発会のことば
3:10~ 来賓のことば/前原誠司国土交通大臣(予定)
3:18~        皆川芳嗣林野庁長官(予定)
3:25~ 基調講演 
養老孟司(「“木の家”づくりから林業再生を考える委員会」委員長)
3:50~ パネルディスカッション(司会進行/天野礼子)
4:40~ 「“木の家”耐震改修推進会議(仮称)」による〈共同アピール〉の発表
4:45~ 閉会のことば
4:50  閉会

呼びかけ文は次の通りです。

私たち三名は、国土交通省に設置された「“木の家”づくりから林業再生を考える委員会」に所属し、日本の“木の家” 復興と健全な森林の育成に取り組んでおります。
政府によって発表された「新成長戦略」(平成22年6月18日閣議決定)は、住宅に関して2020年までに非耐震化住宅を5%以内にする目標を打ち出し、林業再生に関しては木材自給率50%の達成を掲げました。「新成長戦略」では、この二つは別々のテーマとされておりますが、本来、この二つのテーマは不可分の関係にあるとみてよいと思われます。
倒壊が危険視される住宅は、今尚、全住宅の20%以上を占めております。
尊い人命と、今住む“木の家”の耐震改修を進めることは緊急・焦眉の課題です。そしてそれを、“林業再生”へと結びつけ、停滞する“木の家”復興の契機に致したいと存じます。それは「経済成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ」の面からも大変有効であり、それによって「町」と「山」両方の雇用の保持・創出に寄与することが出来ましょう。
これを積極的に推進するため、私たち3名は「“木の家”耐震改修推進会議(仮称)」を立ち上げることを発起し、諸団体の方々に結集いただきたく、別紙内容による発会式(会場/有楽町・東京国際フォーラムG502号室)を計画致しました。開催日は、非常に慌ただしい日程となりますが、防災の日である9月1日(水)に設定させていただきました。
広く住宅・林業団体ご参加いただき、共同・連携関係を深め合うことで、「“木の家”耐震改修」を、大河の如き流れに致したいと願うものです。当日は、推進会議の名において〈共同アピール〉を発表致したく準備しております。
 尚、当日は、前原誠司国土交通大臣と皆川芳嗣林野庁長官にご臨席賜り、ご挨拶いただくよう進めております。奮ってご参加いただきますよう、まずはご案内申し上げます。

呼びかけ人
養老孟司 (「“木の家”づくりから林業再生を考える委員会」委員長)
天野礼子 (「“木の家”づくりから林業再生を考える委員会」委員長代行)
小池一三 (「“木の家”づくりから林業再生を考える委員会」委員)
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by sosakujo | 2010-08-17 11:58
新潟・高田・富山を巡る旅
みんなが休んでいる日を利用して、前から一度寄ってくれ、といわれる工務店を回ってきました。
台風4号に向って旅する日々となりました。日本海側の都市は、台風がやってくるとフェーン現象を伴います。暑く、そして雨に祟られる行程でした。
それでも北陸の食べ物はおいしく、殊にいまが旬の「のどくろ」の塩焼きが秀逸でした。

旅のあいだ、電車の中でホテルで原稿を書くのは毎度のことだけど、今回は、9月1日に「木の家耐震改修推進会議」を計画していて、前原国交大臣の挨拶も予定されていて、この会議のアピール文の起草など、量も、内容もタイトなものとなりました。

環境防災学と地域工務店の関係など、新しい視点に立った考え方が、この旅を通じて徐々に醗酵を見せ始めたのが一番の収穫でした。旅先で、それを巡って何人かの人と刺激的なメールを交換しました。
そんな時間を、この夏休みは過ごしていました。
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by sosakujo | 2010-08-16 16:15
断甘亭日常
webネット新聞「びお」に、新しい連載を二つ開始しました。
一つは、版画家たかだみつみさんとコンビを組んで、『色、いろいろ』の文章を綴ります。第1回は「土の色」で、第2回は「うろこ雲」です。
もう一つの連載のタイトルは「断甘亭日常」というもので、「やっかいな病気・糖尿病とつき合う」というサブタイトルをつけました。出だしはこんなふうです。

今年のはじめに、アースマラソンを続けている間寛平さんが、トルコのイスタンプールで自分が癌に侵されていることを表明しました。病と闘いながらマラソンを続けている寛平さんは大変だけど、悲壮感がなくて、それがカッコいいなと思いました。
というわけで、わたしも自分が患っている病気を告白し、それに立ち向かうことを表明しようと思うのですが、口にするのを憚れる病気であるため、ずいぶんと迷いました。
病名は糖尿病。
藤原実資(ふじわらのさのすけ)の日記「小右記」に、時の権力者だった藤原道長が糖尿病を患ったことが記されています。この日記には、道長の

「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」

という歌が紹介されていて、道長から返歌を催促された実資は、それを断り、代わりにこの「名歌」を詠ずることを公卿たちに提案します。道長を恐れる公卿たちは繰り返し何度も詠んだそうです。
「この世は自分のためにあり、だから満月が欠けることもない」という、何とも傲岸不遜の歌を、ぬえ的な公卿たちに和して詠ずることを提案した実資の痛烈な皮肉と、それを嬉々とする道長の鈍感が活写されているのですが、道長について記された、この糖尿病の記録が、日本での最古の記録とされている点に、この病気の性格が何だか表わされているようで、イヤな感じを受けました。

あとは、「びお」を開いて読んでください。
気が重いけれど、まあ、がんばって書き続けます。
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by sosakujo | 2010-08-02 16:19