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小池創作所代表・小池一三のブログです
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びおリニューアル
住まいネット新聞「びお」を全面リニューアルしました。
旅先にいて、呼び出すものの不通で、これは多分、徹夜の作業をしているのだと心配し、先ほどアクセスしたら「開店」していました。
まずは、ご覧ください。
ぼくの方は、今日も猛暑の東京を走り回る仕事です。もう4日目で、かなりバテ気味ですが。
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by sosakujo | 2010-07-23 08:39
二冊の本
二冊の本について、「びお」で書評を書きました。

『旅の窓から』山口由美 千早書房

この本は、ホテル業界誌の『月刊ホテル旅館』連載の巻頭エッセイを抜粋したもので、この連載は、2003年に開始され、今も続いています。
タイトルの『旅の窓から』が象徴するのは、ホテルの窓から見える風景です。この風景は即物的なそれではなく、そのホテルをめぐる前後左右、そのホテルが置かれた地理的・歴史的な意味合いに及んでいて、読者は居ながらにして、世界の一流ホテルの深部に分け入ることができます。
冒頭の章は「南太平洋」で、最初に「王朝の始まりと終わり――ハワイ」が取り上げられています。ハワイのカメハメハ王朝は、ハワイ観光のカタログに触れられていても、「カメハメハ」という名前にハワイらしい陽気を感じるだけで、この言葉自体「孤独の人」「寂しい人」という意味があることを、ほとんどの人は知りません。ハワイは、外から持ち込まれた疫病とアルコールによって身体を蝕まれ、歴代の王はことごとく短命です。明治14年に日本に国賓として迎えられたカラカウア王の即位は、カメハメハ一世の即位からわずか79年後だと、この本は指摘します。
こうした周到にして丁寧な記述は全編に及んでいます。そして、ハワイについては、カラカウア王が日本の皇室に縁談を持ち込み、実現はされませんでしたが、もしかしたら日本に嫁いだかも知れない王女カイウラニについて、憂いをたたえた瞳のお姫様であったと書いています。このお姫様は23歳で亡くなりますが、そんなハワイのもう一つの世界を、一篇2000字で読むことができます。
それが46篇にわたって繰り広げられるわけですから、旅好きの人には堪えられない本です。章立ては、南太平洋(ハワイ・イースター島・フィジー・ラバウルなど)、アメリカ大陸(ニューヨーク・アラスカ・マイアミなど)、ヨーロッパ(イギリス湖水地方・パリ・南仏・バスク・スイスレマン湖・北イタリアなど)、アフリカ(南アフリカ・ジンバブエ・ボッワナ・ナミビアなど)、アジア(モルディブ・インドリシケーシュ・ミャンマー・バンコク・ベトナム・ホルネオ・上海など)、日本(日光・箱根・横浜・奈良・高知室戸岬など)になっており、知らないことが多くて、ページを開くたびに、山口由美さんの『旅の窓から』見える世界が広がります。(定価/1500+税)

「びお」には、山口さんによる「青い海と日本人たちの夢--パラオ」が掲載されています・
ご覧下さい。


写真アーカイブ
東京――変わりゆく町と人の記憶

写真/大橋富雄 文・スケッチ/益子義弘・永田昌民
発行/秋山書店

町や街の古い写真を集めた本はいろいろあって、各地の郷土出版社などでも、よく作られています。そうした類書と、この本が決定的に異なるのは、一人の写真家の目を通して30年前の東京が写真に撮られ、その探訪の記録が綴られていることです。
永田さんの事務所で、この写真と文の初出となる『店舗と建築』を抜き刷りしたものを拝見して、これは本になりますよ、と申し上げたことがあります。
ちょうどその頃、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が評判になり、日本アカデミー賞の全部門(13部門)で受賞が決まった時期でした。あの映画は、昭和33(1958)年の東京の下町を舞台に、建設中の東京タワーや上野駅、蒸気機関車や都電、街のオート屋と三輪自動車など、当時の東京の姿が再現され、人々の記憶を呼び覚ましてくれました。この映画のこともあり、また、愛知万博で宮崎駿が古い日本家屋を再現したこともあって、この本はイケルと思ったのでした。
『店舗と建築』の編集には、『住宅建築』(編集/建築思潮研究所)の名物編集者として知られた立松久昌さんが関わっておられました。立松さんはお酒に目のない方で、親しい人を夜中の2時位に電話に呼び出すことがあります。永田さんは、酒場だけでなく、夜中の電話によく付き合われましたが、わたしの方にも頻繁に掛かるようになり、眠い目をこすりながら、一人前として認めてくれるようになったのだと喜んだものです。
その立松さんがこの企画に加わられ、また、若き益子義弘さんや永田さんが一緒に取材されたというだけで、ぼくは無条件にこの本を推しますが、何といっても写真がよくて、見ごたえ抜群の一冊になっています。
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』は、昭和33(1958)年が舞台になっていますが、この本はそれから15年後の昭和50年代(1975~1980)を写し出しています。しかし、この写真集と映画で再現された世界は重なっていて、そうしてみると、現在の東京の大変化は、それ以降のことになります。
この本の新宿副都心の超高層ビルが一つだけ立った写真が出ていますが、永田さんは「取材の記憶」のなかで「ぼくにはその後の東京の町並みを予感させるメッセージと思えてならない」と書いていますが、この間の変化の意味について、ぼくらはそろそろ検討をするべき時機に来ていると思います。
その意味でこの本は、間違いなくそのメルクマークになる一冊だと思います。
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by sosakujo | 2010-07-13 12:09
オシムの目
Wカップ決勝戦に関するオシムの批評は、夕刊ではなく、今朝の新聞にでました。批評として、やはり秀逸で、オランダは、スペインのパスサッカーに対し「試合を壊す」ことで勝負に出たとオシムはいいます。

このWカップで、ただ一つスペインが苦戦したのはスイス戦でした。スイスは、極端な守備的布陣を敷くことで、スペインの攻撃に耐えました。この経過を知っていれば、あのやり方がいい、と考えるのが普通で、岡田ジャパンなら、この「普通」を選んだものと思われます。

しかし、オランダはあえて戦術的ファウルを繰り返すことで、スペインのゲームのリズムを壊しにでたのだとオシムはいいます。この幻術的アプローチの見事さと、臨機応変に戦術転換をはかれるサッカーの幅に、オランダの良さを見出します。

オシムは、このオランダの戦術を、甘いデザートにワサビを大量にかき混ぜたようなものだ、といいます。この比喩は、おそらく記者と話し合いながら、丁々発止で飛び出したもののように思われますが、それにしても、いいところを突いています。

けれど、このオランダのサッカーは120分は続かなかったとオシムはいいます。
スペインは自分たちのリズムを壊され、寸断されても、我慢づよくプレーしました。マラドーナのアルゼンチンなら途中でぶち切れたでしょうし、ドゥンガのブラジルも、この神経戦に耐えられなかったとオシムは指摘します。なるほど、なるほど。

スペインの勝利の一番の要因として、オシムが挙げたのは、センターバックを務めるピケとプジョルのバルセロナコンビの盤石の守りでした。この二人の冷静さが、スペインにカップをもたらしたとオシムはいうのです。慧眼というべきで、果たしてぼくは、ゴールキーパーのカシリャスと、ゴールに持ち込んだイニエスタに最大の功があると前日書いたのでした。

サッカーの奥の深さを教えてくれたオシムに感謝します。

バルセロナには、つごう4回行っていますが、いつもチケットが手に入らず、現地で試合を見たことはありません。スペインとドイツの試合は、万博開催時のハノーヴァーで見ました。
機会があれば、パロセロナで、この選手たちを見たいですね。
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by sosakujo | 2010-07-13 06:32
選挙報道とワールドカップ
昨夜は、選挙報道とサッカーをテレビで見ながら、徹夜で原稿を書いていました。
この国は「空気」で動くといわれますが、小泉郵政選挙以降、マスコミが作り出した「空気」に政治が翻弄されてきましたが、今回もそれを感じました。

それにしても菅さんの発言は大きかったですね。自民党とみんなの党は、オウンゴールで買ったようなものです。消費税を言って選挙に勝った政治家はいませんが、菅さんは、それを目指したのでしょうか。あえて難題を取り上げることで、国民の快哉を得られると踏んだのでしょうか。
何とも不可解です。

この選挙結果を受けて、政治は不安定になり、流動化は避けられないでしょう。また鬱々と、あのネジレ国会が始まるのですね。

みんなの党の渡辺代表は、たった10議席を獲得しただけなのに、朝の番組で、もう総理大臣になったような鼻息で、アジェンダという言葉を幾度も用いて喋っていました。平たく政治課題といった方がいいのに、と思いましたが・・・。
新自由クラブの河野さんや、日本新党の細川さんに比べると、この人、品格に欠けているように思いました。行商人上がりのオヤジにはどこか親しみがありましたが、生硬な感じが消せません。

民主党と自民党が手を組んで、選挙公約通り、比例区を議員定数削減すると、みんなの党は消えてしまいます。少数意見は抹殺されますが、この選挙結果は、消費税だけでなく、そういう政治状況を招来する可能性も孕んでいることを忘れてはなりません。

Wカップの決勝戦は見ごたえがありました。
選挙報道ではパソコンに向っていたのに、この試合中は、原稿を書くのが止まっていました。

ドイツとスペンンの試合では、スペインのパス回しにインテリジェンスを感じました。ドイツのタテ軸に繰り出される攻撃を抑え込み、あのドイツに試合をさせませんでした。おもしろいほどにパスが通る技術は、スペインのサッカーの世界であって、その極致の芸を見ました。

決勝戦は、ドイツ戦よりも攻防が入り組んで複雑でした。
双方に血管が膨張し、迫力が剥き出しに出ていて、否が応でも興奮が伝わってきました。これが最後の試合なので、イエローカード(警告)が14枚も続出して、最後にオランダがレッドカードで一人退場するに及び、そのほころびを突くかたちでイニエスタが決勝弾を撃ち込みました。

イニエスタはパスもドリブルも巧みで、彼に対する警戒心がオランダの反則を何回か誘いました。この人は、育成選手からパロセロナ一筋の選手で、そこで鍛えられたものが、この決勝戦に結実したのだと思いました。

それまで5得点挙げていたスペインのダビド・ビジャも、オランダのヴェスレイ・スナイデルもキレを欠き、あの老獪で知られるアルヤン・ロッベンのおっさんさえも、切れ味鋭いドリブル突破はよかったものの、決定的な好機を二つもキーパーに阻まれました。もう少し冷静だったらゴールできたと思いました。スペインの主将でもあるキーパー、カシリャスの好守を褒めるべきかもしれませんが・・・。

大会中、朝日に出るオシムの批評が立っていて、もし交代しないで監督を務めていたら、と思わざるを得ませんでした。帰国した日本選手団の後日談は、いかにも日本的な「和を以て貴しをなす」というような話が多く、駒野の扱いは高校野球に負けた郷土選手に対する記事のようでした。
それでも冷静な分析を試みる記者はいないのか、と思いました。

決勝戦についてのオシムの批評、夕刊にでるかな?
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by sosakujo | 2010-07-12 17:51
上海万博のこと
上海万博を取材した友人の山口由美さんからこんなメールがありました。

「行列で私の前に並んだ老人は、すりきれたランニングシャツ一枚で、その背中は、1978年に私が初めて訪れた中国で出会った人たちと同じものでした。万博の華やかな光のなかに、モノクロームの写真が点在するように、1978年の中国がそのまま凍りついたような地味な服装の老夫婦や日焼けした顔の農夫がいる。上海の高級ホテルで見る中国人と比べたら、彼らは、別の星の住人のようでした」
「富裕層はぐんぐんと天井知らずで豊かになり、いっぽうでおきざりにされている人たちも膨大にいる。田舎のおのぼりさんが政府の動員で終結した上海には、その両方が光と影のように交錯していました」
「外資系ホテルで働く、留学経験のあるようなワーキングウーマンたちは、あれは田舎者が行くものだと、冷めた目でいたのが印象的でした。実際、会場は、9割以上が中国人で(それは大阪万博も同じだったのかもしれませんが)、あきらかに田舎からのおのぼりさんが圧倒的でした」

どの「上海万博』リポートより、上海万博に今の中国の断面をしっかり見ていて、それは報道を通じて知るこの万博の様態と、ぼくの印象を裏付けるものでした。

上海浦東(プートン)の超高層ビルに事務所を置いていた関係もあり、ぼくはかれこれ50回ほど上海に行っています。地下鉄の乗降で、降りる人を待たないでみんな乗り込んで来られて、往生したことがありました。あれは万博を機に改まったんだろうかと思っていましたら、万博を伝えるニュースで、健常者なのに車椅子に乗って入場ゲートをパスする人が大勢いることを知り、やっぱりな、と思いました。人間はそう簡単に変わるものではありませんね。このメールで肺腑に落ちました。

上海万博は、大阪万博とも、ハノーヴァー万博とも、愛知博とも異なるようです。ハノーヴァーのそれには、知力ということを感じました。
スイス館は、ピーター・ズントーが設計していて、スイスから運ばれた木を組み上げ、期間中に乾燥させて、万博が終わったら保育園の建築用材にするというもので(ほんとうにそうしたかどうか知りませんが)、その仮設館は、いかにもズントーらしいものでした。万博の建物は、あくまで仮設に過ぎないという見切りがあり、それでいて、ここまで面白くやれるという知的遊戯が心地よかったことを覚えています。

愛知のそれは、このハノーヴァーの二番煎じでしたが、環境的たろうという意図が透けて見えて、胡散臭いものを感じました。スイス館は、この材をスイスに戻して、ほんとうに保育園をつくるんだ、という予感がありましたが、愛知のそれは口だけ、今だけそれをやってる感がついてまわっていて、果たして、あの北ゲートの長い長い木製の廊下(膨大な木材が使われていました)は、終了後、廃棄処分されました。関係者に聞いたら、その方が処分費用が安くやれたから、ということでした。
ぼくは、その愛知博の「環境を愛する世界の100人」(笑)に選ばれたのですが・・・。
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by sosakujo | 2010-07-09 04:53