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小池創作所代表・小池一三のブログです
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広河隆一さんの投書
今朝(9/27)の朝日新聞の投書欄に、カメラマンの広河隆一さんの投書がでていました。その引き写しが著作権違反になるとは思えませんので、ここに全文、掲載します。

チェルノブイリ事故の被災者を20年間取材し救援運動にかかわった者として、民主党の原発推進姿勢に非常な危惧を感じている。これまで日本の原子力行政が「安全神話」の陰で、どれだけ多くの都合の悪い事実を隠してきたかは、多くの人の知るところだ。
原発推進を打ち出すことは、これまでの隠蔽体質を容認することに他ならない。今、民主党に必要な姿勢は、経済産業省に対して「原子力関係の隠されてきた記録を徹底調査するように」という大臣命令を出すことではないか。地震多発国での原発推進は、民主党のマニフェストの「ひとつひとつの生命を大切にする」という言葉にも反する。温室効果ガス削減が、原発推進とセットとなっている世界的な傾向の中で、「25%削減」鳩山発言が国連で喝采を浴びたが、これも手放しでは喜べない。
山口県の祝島の真正面、たった4㌔の所に上関原発が建設されようとし、島のほとんどの住民は、20年以上も反対してきた。政権交代で、原発建設に拍車がかかることは決して容認されてはならない。

広河さんといえば、「チェルノブイリ消えた458の村」 「人間の戦場」「パレスチナ」などの著者として知られ、2写真雑誌『DAYS JAPAN』を出し続けておられる写真家です。鳩山さんの国連演説を聞いて、その広河さんがいたたまれずに市民の一人として新聞の投書欄に、この文章を投函されたのです。
ぼくなどは、鳩山発言をただニコニコ聞いていただけで、批評眼を失っていたと反省させられますが、そういえば、原発推進国のフランスのサルコジ大統領が大歓迎していました。
25%削減ということは、大変なことが始まるわけで、注意深く見ていかなければと、広河さんに教えられた次第です。

昨日まで島根の益田にいました。
明日から、長崎の対馬に行きます。
「びお」に掲載した「人馬一体の家」の後編(その二)を書きました。次回の更新に何とか間に合い、ほっとしています。結構、がんばって書いた原稿です。ご一読いただければ幸いです。
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by sosakujo | 2009-09-27 14:53
八ッ場ダムのお墓のこと
八ッ場ダムの工事中止を巡って揺れています。マスコミは、概して「現地住民側」に同情的です。その人たちの感情や、いわんとするところは分からないではありませんが、この間まで公共工事のムダを言い立てていたマスコミが、今度は一転して、工事存続に傾斜しているのは変だと思います。
地元には、工事誘致に動いた人もいれば、工事に反対してきた人もいます。その本当の歴史にメスを入れる番組はないのかと思います。いまのような表層的なやり方は、マスコミの倣いとはいえ、かなりツライものがあります。

「ダムに向ってお墓がつくられている」という報道がありました。亡くなった人も、ダムの完成を楽しみにしていたという現地の人の声が拾われていました。しかし、その墓は、ぼくの目からすると至極立派なものでした。新しいというだけでなく、用いられている石と、その大きさと、デザインまでが、村々の墓にみる素朴を失っていて、たいそうなものでした。
それは川辺川ダムの五木村で見た墓も同じでした。
人様の墓のことをあれこれいうことは憚れることです。口さがない下品な話といわれるかも知れません。
しかし、誤解を恐れずに言うなら、そこに今回のダム建設のリアリティが如実だというのが、ぼくの見立てです。そこにこのダム建設の皮相が、顔をだしています。

五木村の場合は、墓だけでなく、役場も、新しく建てられた家々も立派なもので、その立派さに、かえって寂しさを感じました。記念館からエンドレステープで流れていた『五木の子守唄』が、村から去った人の思い残しを表していて、一方、残った人たちの奇妙ともいえる繁栄が、ぼくには物悲しく感じられたのでした。
この繁栄は、五木村が失ったもののものの大きさと、決して引き換えにできることではないと思いました。

ほんとうの豊かさとは何か、そのことに目を向け、政治が翻弄したものを描き切ることが、ジャーナリストに真に求められていることではないのか、と思ったのでした。
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by sosakujo | 2009-09-25 01:15
CO2 25%の削減
鳩山首相は、国連の演説で25%削減を言明しました。大きな前進です。オバマ大統領も、アメリカ一国行動主義 (ユニラテラリズム) から脱却することを言明しました。ブッシュのアメリカからの転換をはかるには、協調主義しかなく、そのキーワードは地球環境問題しかないことを数年前から書いたり、喋ったりしてきましたので、一つの感慨を覚えました。
ただ、鳩山さんの演説でいただけなかったのは、ほかの主要国が足並みを揃えたなら、という部分です。問題のアメリカ、中国・インド・ブラジルを踏み切らせるには、このような政治的駆け引きは必要なのでしょうが、この場合、自分たちはこう生きる、ということが大事なのだと思いました。やれなかった場合の言い訳を、先にしておくみたいでイヤです。
これは国内での直嶋経済産業大臣の発言と軌を一にしていて、その点では足並みが揃っており、国内の大企業対策にもなっているのですが、人間に卑怯でない生き方があるとしたら、それは自分の立場をハッキリさせることだとするなら、いかにもケチったい感じが残ります。
しかしながら、こういう附帯条件を付けたとして、どこそこがやらなかったから、ということになるかというと、それはならないのではないか。それが国連での発言が持つ重みだと思います。
さて、具体的にどう進めるのか、問われるのはこれからです。
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by sosakujo | 2009-09-24 10:41
川辺川・五木村のこと
ドラスチックに政権が変わることの現実を、今、ぼくらは目前に見ています。前原国交大臣は就任と同時に八ッ場ダムの中止を明言しました。前原さんは、「革命的」なことといいましたが、命が改まるというのは、いやはや大変なことです。
この宣言をテレビで見ながら、畏友天野礼子さんが抱かれたであろう感慨に重いが及びました。天野さんは、長良川河口堰に始まり、川とダムの問題に熱心に取り組んでこられ、本もたくさん書いておられます。彼女が言ってきたことが、これほど明確に「是」とされたことはありません。むろん、ここに至るには各地での取り組みがあり、中止された例もありますが、画期的ということで言えば、今回のそれはまさに画期的なものでした。
レーチェル・カーソンも、ドネラ・H・メドウズも、彼女たちが『沈黙の春』を書き、『成長の限界』のレポートを発表した時には、変なことを言う女性と訝られました。天野さんが長良川河口堰問題で拳を挙げたときにも、それを無視する動きが支配的でした。
今回の件で、わたしは天野さんに「おめでとう」のメッセージを送りました。
でも、大変なのはこれからですね。

八ッ場ダムと並んで問題とされてきた川辺川ダムと水没がいわれた五木村を訪ね、原稿に書いたことがあります。長いけれど、その一部をご紹介しておきます。この原稿は、八代・井本工務店さんの協力を得て取材したものでした。

季刊誌「住む」(通巻21号) 連載第6回原稿  「森里海ものがたり」

(前略)

人吉、そして川辺川へ

 坂本村から人吉への道は、球磨川の両岸にそそり立つ山に挟まれた狭窄部を上る。いつまで続く山道かと思うと、急に視界が開け、空が大きくなる。そこが人吉である。
井本さん(八代・井本工務店)は「人吉は広いとでしょ」という。民俗学者の宮本常一は「この地は実に明るくゆたかである」と書いているが、東西25キロメートル この紡錘状の断層角盆地は、かつては湖だった。
人吉といえば球磨焼酎である。肥後、薩摩の二大勢力の緩衝地帯として戦乱を逃れたこともあり、鎌倉時代の貴重な史跡、文化遺産も多い。料理屋も多く、腕利きの料理人によって、日本一大きな鮎とされた尺鮎が捌かれた。殊に人吉から分れる球磨川最大の支流、川辺川の鮎は格別とされた。白く泡立つ瀬は、水中に酸素を多く供給してくれ、川底の岩という岩、石という石の表面には、びっしり苔が覆っていた。香魚といわれる鮎の芳ばしさは、このゆたかな苔を餌として成育した。井本さんは、ここは釣り人にとっても、水ガキにとっても楽園だったという。
 今の鮎は、海から遡ってきた稚アユを八代の川堰ですくい上げ、荒瀬ダムと瀬戸石ダムを通過して、上流に車で運んで放流している。八代川堰での採捕数は激減し、球磨川漁協が捕獲した稚アユは250万尾に過ぎない。外来種は球磨川オリジナルの稚アユの三倍にも達する。昔は億の単位の稚魚が上がっていたというから、あまりに情けない。 
 そしてこれに決定的なダメージを加えているのが、川辺川ダムの建設である。
 川辺川の長さは62キロ、流域面積は533平方キロ。いずれも、球磨川本流の49キロ、485平方キロを上回る。川辺川は、球磨川の全流域面積の三割を占め、流量は本川よりも約四割も多い。川辺川ダムは、この川を堰き止めてつくろうというのである。 
 ダム本体こそ、建設反対の声に押されて阻まれているが、「関連工事」と称される工事が図々しくも進められていて、川辺にはクレーン車やブルドーザーが蠢き、稜線近くを走る道路はダンプがひっきりなしだった。雨水時の川の汚濁は、どこもかしこも露出した土が物語っている。
 最近の川辺川の鮎の内臓は臭くて食べられないというが、想像に難くない。ダム兼摂予定地の相良村四浦には、絶滅危惧種に指定された猛禽類のクマタカが営巣しているとのことで、人間がここまで自然を壊していいのかと思った。本で読んだ川辺川のかつての姿は、もう消え失せていた。

五木村にて

 五木村には、あるイメージがある。一つは焼畑 蕎麦 稗 粟 山茶(香気がつよい)によって。もう一つは「五木の子守唄」によって。
 「おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ぁ おらんと 盆がはよくりゃはよ戻る」
 小学校をあがったら女の子は、子守奉公に出された。村人はほとんど土地を持たない名子百姓だった。子守唄の三番に「起きて泣く子のつらにくさ」という歌詞がある。それにしても「つらにくさ」という表現は苛烈である。この苛烈が、この村の現実だった。貧しい家でも、それでも家に帰りたいという哀切に琴線がゆさぶられる。 
 しかし、この歌の世界は完全に伝説となっている。村そのものが忽然と消えて、奇妙なニュータウンが山奥に現出していた。正確にいうと、村はまだ川底に沈んでいない。そればかりか、役所や郵便局があった村の中心地、五木村頭地地区は、そこから30メートル上がった斜面の平場から眼下に見渡せる。建物は取り壊され、昔の道路と何本かの木が残されていて、亡び村はもの哀しくあった。
 あと隠しの雪ではないが、雪によって覆い隠されるか、水面下にあるなら、まだ救われるように思った。
上の平場には国道445号線が通っていて、その向こうに、役所も、学校も、診療所も、家々もみんな立派な、新しい「五木村」がつくられていた。そこには「道の駅」も設けられていて「五木の子守唄」の各種グッズが売られていた。「道の駅」の横には、記念的に茅葺の家が建てられていたが、そこに人けはなかった。
 新しい五木村の「村民憲章」に「相手の立場を尊重し、心のふれあいを大切にします」と記されていた。この文言を一番目に掲げたところに、ダムをめぐる諍いの歴史と、ずたずたにされた人間関係を、わたしは垣間見たのだった。
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by sosakujo | 2009-09-22 10:24
遠野、永田昌民の「人馬一体の家」
裏磐梯に建てられた益子義弘さんのホテリアアネトを見た後、岩手の遠野へと向かいました。遠野には、永田さんが設計された「人馬一体の家」があります。益子さんと永田さん、M&Nの最近の建物を一度に見るなんて、住宅好きな人には涎が出るような話でありますが、はい、わるいけれど、二つの建物をじっくりとみてきました。
この詳しいレポートは、webの住まいネット新聞「びお」にくわしく書きました。ぜひ、ご一読ください。
今回は写真も、少々がんばりました。重い三脚を持ち、レンズを何本も持ち、コンピュータ持参の移動は骨が折れますが、愉しくもあります。

東北の旅をおえて、そのあと九州に行きました。
一日、休日が与えられたので、前から行きたいと思っていた有田・伊万里・唐津を回りました。有田が良かったですね。有田は三井所清典さんのお仕事で知られます。 有田の風土と歴史を踏まえての修景の考えは、町全体に及んでいるように思いました。 有田・其泉荘や、幾つかの住宅を見るため、もう一度、ゆっくり訪問したいと思いました。
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by sosakujo | 2009-09-15 06:03
益子さんが設計された裏磐梯のホテル
益子義弘さんが設計された裏磐梯のホテルについて、住まいネット新聞びおに書きました。とても上質なホテルで、それは豪華というのではなく、言葉の正しい意味で「上質」という言葉がふさわしいと思っています。
写真もぼくが撮りました。ご一読ください。
次回の更新では、永田昌民さんの岩手遠野の『馬の家』について書きます。

この二つの場所へは8月31日~9月4日に掛けて回りました。31日は選挙の翌日で、夜半まで選挙報道に付き合い、そのあと雑文を書いて、そのまま新幹線に飛び乗って、旅に出ました。

それにしても、凄い選挙でしたね。選挙日まで、新聞や雑誌で選挙予測があり、民主圧勝ということが伝えられていました。小選挙区の前までは、揺り戻しというのがあって、国民のバランス感覚が働きましたが、そのまま行くのではと思っていましたら、果たしてそんなことになりました。
テレビの選挙報道を見ていて、なるほどと思った発言はあまりありませんでしたが、自民党の菅選挙対策副委員長が、この崩壊過程は、小泉さんの登場前、森内閣に遡ってみなければならない、という意味のことを喋っていて、それだけは肺腑に落ちました。あのとき、国民はもう自民党を嫌っていて、それに代わるものとして小泉純一郎に期待したのです。このトリックスターは、それに応えて国民の人気を得て、郵政選挙であの歴史的勝利をものにしました。それから選挙は行われていません。
安部・福田・麻生内閣は、森内閣が抱えていた弱さを、個人的な資質を含めて、いっそうだらしなく曝け出しました。選挙が終わって、自民党のメンバーは茫然自失の状態にありますが、よく考えれば、この結果は分っていたことでした。

民主党にはポピュリズムがあります。これからの政治の道筋はマニフェストの実行にあるといっていますが、そう簡単なことではありません。それを押し通す論理の一貫性がどこまであるのか、ぼくは疑問を持っています。

今回訪れた福島も岩手も、かつては自民党の地盤で金城湯池といわれたところです。選挙に負けた自民党に同情があるかというと、それは見られませんでした。
手酷い負け方をした、浜松の片山さつきさんに対しても、同情はありませんでした。魯迅ではありませんが、池に落ちた犬は打つべし、という感じで、容赦ありません。これは細川内閣時の自民党に対する反応と大きく異なっています。よほど下手を打たない限り、民主党は8年程度持つものと思われますが、それに対する政治勢力は、今の自民党でないところから生れるような予感がします。
この間、お隣の中国がどうなるのか、アメリカはどうなるのか、それらを含め、注視して行きたいと思います。

杜甫は、「国敗れて山河あり」といいました。
いま山河は、酷い状態にありますが、拠り所になる自然だけが頼りだと思います。
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by sosakujo | 2009-09-08 16:32