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小池創作所代表・小池一三のブログです
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北窓開く
4月5日に「びお」をリニューアル・オープンする予定ですが、
「旬」ナビゲーションを、この機会に立ちあげます。町の工務
店ネットの実力、陣容からして、身の丈以上の取り組みに
なるかも知れません。この分野の仕事に、少ないスタッフ
のなかで3名(一人は新人の青年)を割くのですから、その
意気込みだけは買っていただければと思っています。

というわけで、「旬」の手がかりということになると歳時記を
丹念に読み込むことだと決めて、ヒマさえあれば読んでい
るのですが、ほほう、と思った季語があります。それは「北
窓開く」という季語です。

日本の北窓は、住宅団地に行けば、いかに無残な状態に
あるかが分かります。生前、宮脇檀さんが「日本の住宅の
北側が汚くなった」と慨嘆されていたことを思い出しました。
トイレとか、階段とか、キッチンとかの小さな窓が配され、
閉鎖的なのです。表情がありません。

南に開かれた窓は逆光を受け、眩しくて、よく見えません。
けれども、太陽高度があがる春に北側の窓を開くと、
そこに順光の日差しがあたっていて、木々の葉の一枚一
枚までがよく見えます。

北窓を開けて身近かき藪雀 高浜虚子

雀が藪に巣をつくっていることを見出して身近に感じたと
いう虚子の句は、北側の窓が開かれてこそのものです。
虚子は、やはりうまいですね。

昔から、京都のいい庭は北側にありますが、そんな発想
を持つ建築家が少なくなりました。北側に窓を開くのは、
夏の通風にもいいわけですが、それだけではないのです。
北側の屋根斜線を、北の庭と関係づけ、太陽高度を考
慮して設計している人は、あまりいません。
土地が広ければ平屋にして、北側の窓を開く、そんな設
計をみたいと思いませんか?
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by sosakujo | 2009-03-29 06:46
4月5日に「びお」リニューアル
『びお』開始から8ヶ月を経過しました。4月5日『びお』をリニューアルします。新しいロゴもつくります。
これは、わたしの個人的な性格を反映していますが、今の『びお』は、文字の力に傾斜しています。今回のリニューアルでは、そこを一新させたいと思っています。樹木は幹だけではつらくて、葉の茂りがあって、みずみずしさを持つことができます。
旬ナビゲーションを併せ持ったサイトというか、それがここにいう「葉の茂り」です。
新人も一人加わります。彼は、この木曜日が発出勤です。彼は、ということですから若い男性です。入社と同時に、この新しいプロジェクトに加わってもらいます。
お楽しみを。
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by sosakujo | 2009-03-23 18:56
越中五箇山・飛騨白川郷
金沢で勉強会があり、そのあと富山の滑川にホタルイカと、魚津の古代の埋没林を見に行きました。それらについては、「びお」のリニューアルオープン(4/5の予定)のときに書くことにします。
帰途を、昨年開通した東海北陸道にルートを取りました。
砺波の平野部から山に分け入るあたりから、五箇山のインターまで16キロの近さにあることに驚きましたが、五箇山インターからほど近い菅沼の合掌集落に行って、さらに驚きました。駐車場から集落へはエレベーターで降ります。エレベーターを降りると地下道になっていて、そこを抜けると菅沼集落です。まず田圃が目に入りますが、耕地整理されていて、かつての段々畑の面影はありません。それは致し方のないことだと思いましたが、集落に入って、合掌造りの家々が、お土産物屋だの蕎麦屋だの、みんなお店になっているのに驚きました。世界遺産になるとは、こういうことなのかと思い唖然としました。

五箇山は、赤尾谷、上梨谷、下梨谷、小谷、利賀谷の5つの谷からなるので「五箇谷間」となり、これが転じて「五箇山」の地名となった、といわれています。上平村の菅沼集落には、現在9軒の合掌造りの家がありますが、お腹が空いていたこともあり、蕎麦、五平餅、おぜんざいの看板のある一軒に入りました。食べ物は特徴があるものではなく、おいしくもありませんでした。部屋には「こきりこ節」や「麦や節」などの民謡が流れていました。平村の相倉集落には20軒あまりが残されているといいますが、そちらに回れませんでしたので、何とも言えませんが、失望してしまって、この菅沼集落には、もう一度訪ねたいという気になりませんでした。
そのあと、旧道を登って白川郷に入りましたが、こちらはもう、人、人、人でごった返していて、集落全体がテーマパーク化していました。

白川郷と五箇山には、過去二度訪ねています。一度は31年前の夏に、もう一度は27年前の2月の厳寒期に。そのときは、まだこんなふうではなく、民宿はありましたが、村の暮らしの営みがそれなりに感じられました。
ブルーノ・タウトが、下呂は下品だが白川郷はいいということを書いていて、それは「スイスの幻想」だと称えましたが、真冬に訪ねた折りの白川郷はそんなふうでした。そのときも富山から登りましたが、タイヤにチェーンを巻きつけて、決死の思いで訪ねたのでした。
厳寒期の白川郷は集落全体が雪に覆われ、静寂に包まれていました。文字通り、山のヒダを分け入っての道でした。その道はかつてのブリ街道の道でもあって、飛騨に入るということは、こういうことかということを、それなりに感じたものです。
けれども、高速道路が通り、インターチェンジからの距離はいくらもないので、除雪されたら、冬の白川郷に簡単に入れるようになりました。もうあの白川郷は過去のものなのですね。

自分も安気に高速道路を用いて五箇山に入り、白川郷の様子をみてみようというもので、偉そうなことは言えませんが、ETC週末1000円でこれから起こることは、こういうことかと慨嘆しながら帰途についたのでした。
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by sosakujo | 2009-03-21 08:14
出雲 永田さんの新作
松江におります。
きのうは大変な強風で、列車も飛行機も動かず、借り出せるレンタカーも一台もなく、身動きが取れなくなり松江に泊まることになりました。
ふだんは穏やかな宍道湖も、強風にあおられて高波が立ち、まるで恐い海のようでした。しかしまあ、これも旅の僥倖というもので、ひよっこり生まれた休日と考えて、きようは久しぶりに小泉八雲の旧居を訪ねようと思います。

きのうは、出雲に建てられた永田昌民さんの新しい仕事を拝見しました。
その家は、平成の大合併で、今は出雲市に編入されている平田町に建てられています。
松江から出雲に、宍道湖を海側の道を進むと途中にある町です。穏やかな農村風景が広がる町です。案内は、建築された出雲の工務店、藤原木材産業の藤原社長にお願いしました。出雲の人なので、宍道湖の最近の事情、農村の作物の話など、車中にていろいろなお話をお聞きすることができました。
さて、建物の話に移りますが、つい最近建物見学会が開かれ、200組もの人が訪れたということで、地元の話題になっています。

ぼくの最大の興味は、農村風景の中に建てられた永田昌民の仕事はどんなふうだろう、ということでした。
結論からいうと、建物は永田昌民の設計そのものでした。その限りでいうと何も変わったところはありませんでした。ただ、その建物が石州瓦の旧宅と併設されているに関わらず、何の違和感を感じなかったことです。
石州瓦の旧宅は、このあたりの農村住宅そのもので、殊にその家は大ぶりな建物でした。
周囲から一段高い石積みの上に建てられ、まあ豪壮といっていい建物です。入ってすぐに大きな納屋があり、奥に大きなヴォリームの旧宅があって、それに挟まれたかたちで、永田さんの設計の建物が建っているのです。
少し考えるとギヨッとする話ですが、先に述べたように違和感がないのです。
というより、よく融け合っているのです。豪壮な建物が中和されたというか、スケールがいいというか、よきプロポーションのなかに納まっているのです。
永田さんの設計の屋根の勾配の柔らかさと、斜めに切られた建物のプランと、旧宅とつながれた大きなデッキ、地蔵堂と永田さんが名づけたという離れの建物がうまく作用しているように、ぼくには思われました。

室内は、いつもの永田ティストで、天井高は2100。低さを少しも感じないことに藤原さんは驚いておられました。藤原さんにとって、永田さんのお仕事は初めてで、収穫が大きかったといわれました。
建物の写真を藤原さんが撮っておられるので、近いうちに「びお」で取り上げたいと思っています。

この建物を見たあと、斐川町の方に回りました。天上川として知られる斐川の扇状地に形成された農村で、富山県の砺波と共に散居のある村として知られています。よく手入れされた築地(ついじ)の松に囲まれた散居の風景は、遠くからみても、近くからみても、実に美しく、しかしその保持は、並大抵のものではないことを藤原さんから教えていただきました。
築地の松に囲まれた散居については、町の工務店ネットが発行した『住まいを予防医学する本』に掲載しました。村の写真コンクールに入選した写真を送っていただいて、原稿はぼくが書きました。

出雲の民家を移築した出雲文化伝承館に立ち寄り、出雲そばの昼食をご馳走になりました。そばの風味がよく出ていて、とてもおいしいそばでした。藤原さん、ありがとうございました。
そのあと、出雲駅まで送っていただいてから、冒頭の話になるのですが・・・。
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by sosakujo | 2009-03-14 06:12
DRAFT展と銀座吉水
きのうは仙台から東京に入り、建築会館で説明会を開いたあと、DRAFTの宮田さんから
「DRAFT BRANDING&ARTDIRE-CTOR」のDMを戴いていたので、DNP銀座ビルに向かいました。

会場に入ったら、DRAFTの西面さんがいらして、やぁやぁという感じで挨拶を交わしました。会場には、発行されたばかりの「DRAFT」という本が置かれていて、真っ白な表紙に「デザインするな 宮田は怒る。『デザインするな』そう言われたデザイナーは、最初意味が分からない」と刷り込まれています。
宮田さんとは、OM時代に喧々諤々、議論をし合ったことがあり、この表紙に刷り込まれた言葉は、宮田さんそのものを表す言葉だと思いました。議論はするけれど、プランは一向にでない、というのが宮田さんで、こちらもプランをみたいけれど、まず議論という感じでした。

今回の「DRAFT」展は、その仕事を映像でみせてくれていて、実に見ごたえのあるものでした。キリンの一番搾りや淡麗、ワコール、ラコステ、パナソニック、ブライトリング、花王などの仕事のほか、DRAFTに所属する9人のアートディレクターの仕事も一堂にみられて、壮観としかいいようのない世界がありました。今月の6日から始まっていて、30日まで開かれています。
DNP銀座ビル 銀座7-7-2 tel 03-3571-5206 am11:00~pm7:00
地下鉄銀座駅より徒歩5分、入場無料

そのあと、塩地さんのご招待で、銀座吉水に向かいました。吉水の女将さん、伊礼さんや村田直子さんたちと夕食を共にして、あれこれ議論しようということでしたが、肝心の塩地さんが、おばあちゃんがお亡くなりなり、九州に行かれていて参加できなくなりました。そのため、塩地さんのことが俎上に乗り、氏の人物論から、やろうとしていること(とりわけ「小さな家」のこと)を、あれこれあれこれ詮索しました。

銀座吉水は、ぼくは初めての訪問で、ウワサには聞いておりましたが、銀座で旅館というのも不思議なことだけれど、野の風景が食卓に盛られるのは、これは奇観としかいいようがないと思いました。食材はすべて、どこで、だれが、どのように作ったかが分かっていて、生産者の顔が料理からうかがえて、滋味の深さを感じました。それを女将の解説つきで味うのですから、それはそれは贅沢なものでした。
「小さな家」の前に、「小さな生活」があるよね、という点で女将とは意見の一致をみました。もう半分、懸案の本はできたようなものだと思いました。
ぼくだけ宿泊することになっていて、銀座の旅館で、テレビも電話もなく、自分でお布団を敷いて寝る不思議に、これもびっくりしました。
よければ、ぜひ、みなさんも味わってください。
いまから朝食をいただきます。
銀座吉水 銀座3-11-3
tel 03-3248-4432
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by sosakujo | 2009-03-11 07:39
新幹線と在来特急の違い
きのうは、早朝に広島をでて、東京駅で、社員のもっちゃんと合流し仙台に入りました。広島から仙台へは、新幹線で博多に行って、飛行機で仙台空港に向かうのが、時間的に一番早いのですが、空港での待ち時間などを考えると、新幹線でそのまま東上する方がいいと考えました。
その前日は、長野から特急しなの号で名古屋に入り、新幹線で広島に向かいました。それで、改めて気づいたのは在来特急は、蛇行する列車を、窓から眺められるということでした。
鉄道ファンに言わせると、何を今さらということになるのでしょうが、新幹線の窓からは、自分が乗っている電車の前も後ろも見えません。新幹線は、ただまっすぐに進むだけです。興趣に欠けます。

在来線の夜汽車(寝台特急)に乗っていた頃の記憶が蘇りました。
むかしはずいぶん夜汽車に乗ったものです。
今はそのほとんどが廃止されましたが、九州へも、北海道、青森、秋田にも、出雲に行くにも夜汽車でした。
列車に乗って寝たら現地に着きます。何と便利なものだろうと思ったものです。現地では、朝から仕事ができます。
寝台の小さな明かりで本を読み、眠くなったら寝て、夜中に目が覚めると通路に出てぼおっとした時間を過ごします。読みかけの本を読んだりします。
明滅する信号、家々の明かり、車窓からは前の車輌、後ろの車輛の明かりが見えます。目的地に向かっての動的性に、言い知れない醍醐味がありました。またペットに戻って寝て、そうして目が覚めたら、朝焼けの出雲路などを列車が走っていました。
列車に揺られながら眠るのは、なかなかよくて、あの独特のリズムに脳が刺激を受けるのか、夢をけっこうみました。その夢は不思議といい夢でした。

『一瞬の夏』で知られるノンフィクション作家の沢木耕太郎に、『深夜特急』という本があります。香港、マカオの旅から始まる本でした。同年代ということもあり、本のタイトルにも惹かれて読みました。あの本は、グランドホテル形式(そこに人がやってきてドラマがすすむ形式)ではなくて、駅馬車形式(駅馬車が動くことによってドラマがすすむ形式)におもしろさがありました。沢木は、動く列車に揺られながら、過去のことを書き、また夢をみます。あの本は、それがおもしろかったようです。

新幹線は、隣に乗る人が目まぐるしく変わります。一人客は、新聞や週刊誌を読むか、寝ているか、どちらかです。最近はコンピュータを開いている人も少なくありません。寝台車で夜半、通路に出ていると同室のお客が、前がはだけた寝まきのままぬぼっと出てきて、「眠れませんな」とか声を掛けられました。赤の他人だけども、袖擦り合うも何かの縁という感じがありました。通路にたたずんで、物憂げに外を眺める髪の長い女性もいたりして、何があったんだろう、などと想像力が駆り立てられました。
新幹線には、そんなことはありません。他人はただ他人でしかありません。イマジネーションへったくれもありません。列車は、ただ前に進むだけです。
JRは、なぜブルートレインを廃止したのか、経済性評価だけでは括れないものがあることを、もう少し大切にした方がいいと思います。

列車の窓から、乗っている列車がみえるのがよくて、それは宮脇檀さんが何かの本で「家から自分の家がみえるのがいい」と書いていることと、共通する離しのように思います。
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by sosakujo | 2009-03-10 06:39
『方丈記私記』
きのうは早朝に浜松を出て、東京周りで長野に入り、2時間半講演して、今度は名古屋回りで広島に入りました。列車に揺られている時間は、都合、9時間でした。この間、何をして過ごすか、新幹線はパソコンで原稿を書けますが、在来線の特急(今回はしなの号)は、揺れがつよくて疲れます。
そんな場合は、本を読むことにしていて、今回、携行した本は、もう何度も読んでいる堀田善衛の『方丈記私記』(筑摩書房)でした。『小さな家宣言!』(仮題)という本を準備していて、小さな家をいうなら方丈庵を嚆矢(こうし)とすると、かねがねぼくは思っていまして、岩波文庫版を読み直し、そして今回は、もう一度堀田の『私記』となりました。
普段は、急いて資料にあたるタチで、読み飛ばしの多い愚行を重ねておりますが、今回は時間だけはたっぷりありますので、読んでは本を離し、車窓からの眺めに目を移し、しばしぼおっとした時間を過ごしました。久々にそういう時間を与えられたという感じで、うんこれは悪くない、と思いながら過ごしました。天気が良くて、行きは浅間山がよく見えましたし、戻りでは安曇野の後背の山々も、木曾駒ケ岳も、恵那山もよく見えました。冬枯れの木曾川の水量は少なく、寝ざめの床は、岩の残骸のようでした。長野駅で買った玄米茶をぐいと飲みながら、ダムがないとき、木曾の中乗りさんが、この岩の間の急流をどう乗り切ったのか、そんなことをふいと想像したりしました。

堀田善衛の『方丈記私記』は、堀田自身の思想告白の書というべきもので、東京大空襲の惨禍と、それを横にみながら、それを無視する伝統回帰、歌によって歌をつくる本歌取りの権威主義を痛撃しており、風狂老人とでもいうべき鴨長明の生き様をして、堀田善衛は自分自身を吐露しているのです。あらためて、非常に激しい思想書という感じを持ちました。これを書いた後、藤原定家の『明月記』を読む本を堀田は書いていて、それはぼくの愛読書の一つですが、堀田のナマな告白ということでは、やはりこの『方丈記私記』だと思いました。

ぼくはまだ、長明老人が方丈庵を建てた、宇治日野に行っていません。長明が、どうしてもここでなければならぬ、と決めて建てた場所が宇治の日野です。そこは「長明のにおいが、ふんぷんと私ににおってきた」と堀田は書きます。
この土地は、「衆生救済」を唱えた親鸞生誕、日野富子を生んだ日野一族の土地であり、何かが憑いている土地で、いかにも長明にふさわしいと堀田はいいます。地勢はおだやかで優雅なのに、そこに異様な因縁をもつ地霊がいるような土地で、そこに小さな方丈庵を建て、ひとり暮らしの難儀さを書きながら、「一身をやどすに不足なし」と書く長明に、堀田は「彼の「私」、全人間が、一軒の家のかたちをとっていること」に、『方丈記』の本質をみるのです。

ホテルに入って、コンピュータを開いたら、きょうの勧進元の長野・美登利屋の森さんからメールが入っていて、参加者の反応がすこぶるよく、受注に結び付きそうだと書かれていました。ホッとしました。
きょうは終日、広島で仕事をします。午前中は広島の工務店の沖田さんのお仕事を拝見します。「びお」で「近くの山の木で家を建てる運動宣言」のことを書いており、その取材をかねての見学です。
午後からは2時間半の舞台(講演)、夜は広島の町の工務店ネットメンバーとの交流会です。前回の大須賀建設さんの住まい教室の結果が気掛かりでいます。お会いして、いろいろ聞けるといいと思います。

また、あすの早朝に仙台に発ちます。
なお、この本を読み込もうと思います。
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by sosakujo | 2009-03-08 05:02
郡裕美さんの展覧会
お友達の建築家郡裕美さんが、フィラデルフィアとピッツバーグ、ニューヨークで展覧会を開かれます。フィラデルフィアとピッツバーグは、前から彼女が取り組んでいて、週刊朝日にも連載されたインスタレーションの展覧会です。
もし、米国にいらっしゃる機会があるようでしたら、アートフェアーや観光の合い間に、これら展覧会に足を延ばしてください。以下は、ご本人から届いた案内です。

タイトル:うたたね
期間:2009年1月30日ー3月14日
於:ムーア美術大学、フィラデルフィア、米国
国際交流基金 ニューヨーク 後援
www.thegalleriesatmoore.org

フィラデルフィアの美術大学Moore
Collegeのギャラリーで、「うたたね」という題のインスタレーション作品を展示しています。会場に、8トンの砂利を敷き詰め、桟橋をつくり、その両側に2つの大きなスクリーンを設置、その前にの床に鏡を張り映像が映り込むようにしました。映像は、昨年ブラジルで撮影したもの、サウンドは、その時、録音した音を基に作曲したものです。初めて、映像を使って空間を作るという試みをしましたが、結構、おもしろい作品になり、地元の新聞にもいくつか記事が載りました。

記録のビデオをつくりました。
http://www.studiomyunews.blogspot.com/
新聞のレビューは、
http://www.philly.com/philly/entertainment/20090208_Transported_by_gravel_beach__wood_path__mirrored_videos.html
http://www.arte10.com/blogs/rss/artblog/2009/02/02/
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タイトル:かなた
期間:2008年4月25日ー2009年4月
於:マットレスファクトリー美術館, ピッツバーグ, USA
www.mattress.org

マットレスファクトリーという、インスタレーションに特化した美術館で、昨年の4月から展示をしています。ジェームスタレル、草間弥生さんの常設展示のある、その同じ建物の地下で作品を作りました。床に水を張り、そこに、地底の海のような場所にし、桟橋を設け、光と音を使って「かなた」という題のインスタレーションをしました。観客は、闇の中に光る赤い光を眺め、かすかに揺れる水面に映る幻影を楽しみます。大好評で、最近会期が延長となりました。
写真は、こちら http://www.studio-myu.com/art/index_02_e.html
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by sosakujo | 2009-03-03 15:10
社員の結婚式
きのうは社員の結婚式でした。花嫁になった社員は喜色に満ちていて、そこに来ている人たちはひの結婚を喜んでいて、みんなハッピーでした。幸せな人たちをみるのは、ほんとに気持ちのいいものです。
その結婚式で45年ぶりに逢った人がいました。45年前、その人は少女でした。わたしも少年でしたが。その少女は詩集を、自分でガリ版刷りして発行し、何人かに配りました。ぼくもその一人でしたが、年を経て、気恥ずかしくなって、彼女はその詩集を回収したとのことでしたが、ぼくにまでは回収の手は届きませんでした。ひよっとするとわが家の書庫には、まだ眠っているかも知れません。イヤな人と思われるかも知れませんが、一度、家捜ししてみようと思います。その詩集は、言葉が豊饒であふれるような才能を感じたことを覚えています。
彼女は、披露宴で隣席だったので、あれこれ昔の話に及びましたが、おもざしは少女のときを残していて、実は花嫁のお母さんもそのときの仲間で、やはりそのときのおもざしを残していて、おもざしだけでなくて、そのころの気性も変わりなくて、ただ顔に刻まれた皺だけが45年間を物語っているのでした。
新婚の二人は、新婚旅行に長崎を選びました。この選択はいいと思いました。ぼくの方は、今、対馬のことをあれこれ探索していますので、何だか関心が重なっていて、それもいいなと思いました。
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by sosakujo | 2009-03-02 09:41