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小池創作所代表・小池一三のブログです
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仕事納めと石橋辰之助の句
きょうで創作所の仕事納めです。仕事始めは1月6日です。長期休暇でいいね、と思われるかも知れませんが、年末年始だからといって「びお」の更新は続けなければなりません。明日が、今年最後の更新、元日が来年最初の更新日、5日も更新しなければなりません。しかし、明日のものは今朝書きましたが、あとは手付かずです。永田さんの「設計のみつくろい」もまとめ切れていません。
というのは、例の先導的モデル事業を採択いただいたものですから、それでてんやわんやなのです。24pのパンフレット制作に、ここ数日は忙殺されていました。年4回、ネットの会員あてに四季報なるものを発行していますので、それもA424pにわたるレポートを作成しなければなりませんでした。そんなふうな状態を過ごしております。

明日更新の七十二候に、忘れられた俳人、石橋辰之助の

冬ひそと家庭工場に子が生る

という句を紹介しました。世相を映し出しているような句だと思われるかも知れませんが、敗戦直後に詠まれた句です。
この句にからませて、浜松に多い、日系ブラジル人のことを書きました。今、日系ブラジル人は塗炭の苦しみを味わっていますが、つらいけれど、彼らは生きていて、そんな中でも恋を実らせ、結婚し、子どもを産んでいます。時代は違うけれど、石橋辰之助の句は、そんな世界を詠んだ句ではないかと思いました。
「冬ひそと」というのが、いいですね。大勢の人に取り囲まれて生まれたのではないけれど、この世界の片隅で、子どもが一人生まれたとさ、という感じです。しみじみとして、いいと思いました。この句は、石橋辰之助の体温を感じさせてくれる句で、この人はヒューマニズムの人なのだと思います。そんなことを、あれこれ書きました。
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by sosakujo | 2008-12-26 19:21
久保田万太郎の湯豆腐
「びお」の、今日の更新に久保田万太郎のことを書きました。久保田万太郎の俳句といえば、

湯豆腐やいのちのはてのうすあかり  

という句があまりにも有名で、その有名な句について、冬至をむかえたその日に、柚子湯や、冬至粥(小豆粥)や、南瓜(かぼちゃの話と重ね合わせて書きました。
万太郎の句は、練達の玄人を思わせますが、技芸を感じさせず、その句風は高く澄んでいます。この句は、万太郎最晩年の句です。「いのちのはて」には、様々な曲折のあった長い人生を、「うすあかり」には、晩年をむかえた万太郎の淋しさが感じられます。それはまるで「湯豆腐」のようではないかという人生の滋味が、そこにあります。若い人には詠めない句だ、というようなことを、ツラツラと書き連ねました。
久保田万太郎のことは、安藤鶴雄や戸板康二が書いたもので知る程度でしたが、図書館に行って全集にあたると、すごい「山」だと改めて思いました。淡白な作品が多いと思っていましたが、実人生は淡白なんてものではなく、修羅の真っ只中を生きた人でした。最後は、とんでもない奇禍に見舞われ、鮨屋で赤貝を食べ、それを喉に詰まらせて亡くなりました。
人は異物が入ると会厭反射が本能的に作用して吐き出すものです。その場で、あたりをはばからず吐き出せば亡くなることはありません。万太郎は、この反射を、故意に抑圧する力が働いて死に至ったといわれます。万太郎のダンディイズムがそうさせたようです。いかにも万太郎を思わせる逸話です。
次回の更新では、万太郎が親しんだ玄人の世界に生き、俳句を万太郎に師事した鈴木真砂女の句、

鰤(ぶり)の腹むざと裂かるる年の暮   

を取り上げます。真砂女といえば、

あるときは舟より高き卯波かな

という句で知られていますが、この句を、ぼくは「小池創作所の仕事」という小冊子に載せました。時代、時勢、人間関係に呑み込まれそうになりながら、芯を見失わなかったこの女性にあやかりたいと考えてのことでした。

そういえば、前回の尾崎放哉では、小豆島を訪ねたこともあり、ぼくが撮った写真を載せました。ご覧になってみてください。

  
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by sosakujo | 2008-12-22 12:10
コンビニ食
コンビニ食について、住まいネット新聞「びお」に書きました。調べてみて、想像を超えるものがありました。妊婦によくないグリシンが、お弁当の表示に出ていて、このグリシンはアミノ酸で、
経口摂取で安全とされていますが、妊娠中、授乳中の安全性については信頼出来る十分なデータがありません。サプリメントとして売られているグリシンは、妊娠中の摂取は医師に相談するよううたわれています。
当然、それを食べてすぐにどうのということはありませんが、微量な摂取であっても、毎日続くとどうなのか。
近頃、老人がコンビニを利用するという話です。郊外店には車で行けないし、街の中はシャッターが閉まっているし、開いているのはコンビニということで。
そうしたことも、広く書きました。
「びお」は、来年に向けて、いろいろ準備しています。お楽しみに。
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by sosakujo | 2008-12-12 18:15
讃岐巡り
季刊誌『住む』に連載している「森里海ものがたり」の取材で、四国の讃岐に行ってきました。朝、浜松を6:30に出て、お昼前に多度津に着きました。駅で、菅組の菅徹夫(今度社長になられました)と、女子社員お二人(清水さんと石川さん)の三人に出迎えていただき、お昼前ということで、その足で、菅さん一押しの讃岐うどんの店にご案内いただきました。
そのあとは、讃岐の池と山をみて、そうしてたくさんのベーハ小屋をみて回りました。香川県には900のベーハ小屋があるようだ、と菅さんはいいます。朽ちた建物が多いのですが、独得の表情を持っていて、讃岐の風景によく溶けていると思いました。
それについては、これから原稿を起こしますので、そちらをご期待ください。

翌日は、5時にホテルをでてJRで高松に向いました。途中、乗換えがあり、駅のプラットホームで列車を待ち合わせしている間、今回の先導的モデルに関して雑誌から求められている原稿を書きました。高松に向う列車の中でも書き、小豆島に向う船の中でも書き、小豆島の土庄に着くころに書き終えました。

土庄港には西崎組の西崎博史社長にお迎えいただきました。西崎組のランケーブルをお借りして原稿を送付し、原稿の方は締め切りに間に合いましたが、初めての訪問で、ずいぶん不躾な奴だと西崎さんには思われたかも知れません。
西崎さんは、先の大阪のセミナーにお嬢さんと一緒にいらしていて、高松支店にいるお嬢さんは「住宅医」に興味を持っておられるとのことでした。
会社ご訪問のあと、俳人の尾崎放哉記念館まで送って頂きました。自由律句の放哉のことは、17日更新の「七十二候」に書くことにしました。写真も載せます。西崎さんが描かれた水彩画を載せることも了解をいただきました。

高松に戻った後、県立図書館に行って、ベーハ小屋に関する文献を探しましたが、わずかに香川県農業史に記述があるだけで、あまり収穫はありませんでした。
夜、遅くに浜松に戻りました。

旅先に、たくさんの工務店の方からお電話をいただきました。町の工務店ネットに登録したいというお申し出も多く、うれしく思いました。ただ、何しろ旅先なので十分にお話できず失礼しましたこと、この場をお借りしてお詫び致します。
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by sosakujo | 2008-12-11 11:05
久しぶりの京 静華
大阪でのセミナーのあと、その打ち上げを兼ねて京 静華で久しぶりに食しました。
16の椅子しかないお店で、その椅子すべてが埋まりました。もう年内の予約はいっぱいとかで、この日はほんとうは休日だけれど、ムリを言って開いてもらいました。
味の方は申し分なくて、みんな満足されたようです。
数ある料理のなかで、羊の肉を食材に用いた料理に、秋山東一さんはいたく興奮されておりました。ぼくは案外に好き嫌いの多い人間で、殊に羊肉はダメなのです。32カ国もの国に行っているのに、中近東や中央アジア、モンゴルなどに行かないのは、多分に羊肉がダメだからという理由によります。今回のものは、何も臭わないから騙されたと思って食べてみたら、といわれて一口食べてみましたが、やはり大変に苦痛でありました。
前菜も多彩で、もうそれだけで満足している人もいて、新しい料理が出てくるたびに喚声が上がりました。フルーツを素材にしたお茶がおいしくて、ぼくは何杯も飲みました。
最後は野菜ソバと、マーボ豆腐ご飯でしたが、ぼくは後者を選びました。その深い辛さは、本場の四川で食べたものに似ていて絶品でした。重慶の坂道にある店のことを、ふいと思い出しました。
最後の紅葉をみたいと思いましたが、翌朝はホテル内で6時から会議を行い、そのまま浜松に戻って超長期の作業を進めました。三澤さんは、ヤマトタテルの忘年会があるとかで、会議のあと向われ、秋山さんやマイルスさん、村松・小松さんたちは、永観堂(あそこは拝観料が高い)に行かれたようですが・・・。
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by sosakujo | 2008-12-04 11:13
時間が教えるもの
退任の時期が迫ったブッシュ米大統領が、在任中の痛恨事としてイラク戦争をあげ、大量破壊兵器がないのに侵攻してしまったことを悔いている、という報道がありました。この大統領は、個人的には好人物という評判があり、今回の報道は、この人物の率直な人柄を表わしてもいるが、その判断ミスで、どれだけ多くの犠牲者が出たかを考えると、そんなノンキなことを言っていられません。
あのとき、日本の国会でも政党討論でも、イラクの大量破壊兵器をめぐっては、ずいぶん議論がありました。化学兵器の恐怖について、与党の政治家や御用評論家は語り、正義の執行人であるかの如く論陣を張りました。

当時の国連監視検証査察委員会(UNMOVIC/ブリクス委員長)の査察報告は、それを裏付けるものは何も発見されていないことを明らかにしていました。
・ これまで三百カ所以上の地点で、四百以上の査察を実施した。  
・ イラクが査察の場所を事前に知っていた様子はこれまでのところない。  
・ イラクはすべての施設への移動や必要な設備の提供などで協力姿勢を示している。
・ 大統領宮殿や民間人の自宅の査察も問題なく、イラクは査察に熱心に協力している。  
・ イラク側は化学物質千トン分の存在についてまだ説明できていない。 
これらについて、非常に詳細の報告書が出されたわけで、もし冷静にこの報告書を読んでいれば、あんなバカな議論はなかったはずです。

日本政府は、ブッシュ大統領の誤った戦争行動を追認しただけでなく、ここで日本が役割を果たさないと世界の孤児になるというような、いま振り返ると、まことに愚かというしかないことを言い切っていました。
あのときの小泉首相の国会答弁、あるいは当時公明党の幹事長だった冬柴さんや、いつも黒い服を着て登場する森本という評論家などの、テレビでの攻撃的口吻を、ぼくなどはつい思い出してしまいます。
ブッシュさんは率直に誤りだったと反省していますが、これらの人は、あのときに自分がキャンペーンを張ったことを、すっかり忘れているようで、反省も何も語っていません。
結局、あれは単なる時宜主義だったのか、と思わざるを得ません。
そのときの大勢に従って「正義のナタ」を振るっていただけであって、まったく真実が見えておらず、実に希薄な論拠をもって、まるで台風のようにキャンペーンを張っていたことを、時間が証明してしまいました。時間を経ると、あの攻撃的口吻によるキャンペーンは噴飯もので、滑稽ですらあります。結果に対して検挙に、もう少し自分を恥じてほしいと思います。

生きている間には、いろいろなことが起きますが、時間を経ることで、何が正義で、何が邪悪であるか判然とするものであることを、改めて思うのです。

最近、ぼくの友人があらぬネガティブ・キャンペーン攻撃に晒されていて、そのキャンペーンなるものの粗雑さ、あまりのバカさに笑ってしまいましたが、イラクの大量破壊兵器騒ぎがそうであったように、デマゴギーはまことしやかなフィクションを伴いますので、それに騙される人もいて、その友人は、ついつい人間不信に陥ちいることもある、と嘆いておりました。
けれど、分かる人は分かっており、あなたを信じる人も大勢いるので、前を向いて堂々と歩めばいいんじゃない、と励ましました。
ぼくはその友人に、魯迅が書いた「深夜に記す」を読むことをすすめました。白色テロの犠牲になって死を遂げた5人の 青年の思い出を綴った文章です。特に柔石(ローシー)への追懐は、こころに沁みる文章で、 悲痛の先に、人間は信じるに足りるものであるという主調音が聴こえます。
自分に真実があれば、皮相な、心無い攻撃にめげることなく、臆することなく、右顧左眄することなく、時間が必ず証明するものであることを魯迅の文章は、しっかりと教えてくれます。暗夜にあって自分を支えるのは知性であって、そのことを決して見失わないように、とぼくはその友人に伝えました。
なあに、時間を経れば、何が真実で、どちらに正邪があるのか判然としますから。
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by sosakujo | 2008-12-04 05:24
動き出した超長期先導的モデル
昨日、大阪中ノ島公会堂で、町の工務店ネットの「一歩先を
ゆくセミナー」が開催されました。東京のセミナーは46名でし
たが、大阪は108名の参加者で溢れ、たいそう盛り上がりま
した。超長期先導的モデルで採択されたことが大きかったよ
うです。
この法案自体、前の国会で流れ、先月末までの通常国会で
可決成立されるものかどうか心配されましたが、先月末に、
全会一致で無事可決されました。
関係者の方々の努力に敬意を表します。ご苦労様でした。
そしておめでとうございます。

われわれとしては採択されたこともあり、この実行をはから
なければなりません。戻ってきましたら、メールもいっぱい
入っていて、決意を書かれているところもあり、いよいよ動き
出したとの実感を深くしています。

昨日のセミナーでは、新しく「スタンダードハウスのための
素材・部品倉庫(Sプロダクツ)を立ち上げることを発表しま
した。建築家の秋山東一さんや、趙海光さんや、三澤康彦
さんなどと、そういうことがやれるといいね、ということを話し
合ってきて、今回の採択数をベースにして可能性が生まれ
ました。それぞれの設計過程で生まれた部品を、相互に乗
り入れあい、自由に取り出して使えるようにしようという試み
です。工務店の出品もOKです。
考案者には印税方式で還元される仕組みも持っています。
「びお」で、追々、内容を明らかにして行く予定です。

びお では、大阪でセミナーが開かれた
こともあり、井原西鶴の句

世に住まば聞けと師走の砧かな

を紹介しました。師走と砧の関係を書きました。
ご一読ください。
前回の三好達治の句は、次回更新で掲載されます。
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by sosakujo | 2008-12-03 16:00