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小池創作所代表・小池一三のブログです
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<   2008年 10月 ( 6 )   > この月の画像一覧
犬山の町と、趙さんの町家型住宅
先週末は、犬山に撮影に行きました。
天気予報では、午前中晴れということで、朝4時に自宅をでて東名を飛ばしました。
東名は、前日に集中工事を終えていて、渋滞することなく6時には犬山に着きました。
まずお城を狙うということで、犬山名鉄ホテル前に車を止め、撮影の準備をして明るくなるまで待機しましたが、一向に明るくならず、曇天の状態です。天気予報が外れました。これはよくあることですが、撮影としてはアウトです。
それで仕方なく、郷瀬川から坂を登って、朝の本町界隈を歩きました。坂道を登ると、眼科のおもしろい看板があって、これが気に入ってバシャバシャ撮りました。あるくと、なつかしやの看板があり、まちの放送室の看板がありました。
本町通の屋根は、高山に似てどこも低く抑えられていて、看板がきれいに見えます。造り酒屋の看板と建物を撮ったりして過ごしていたら、何だか町がざわざわとしてしてきました。
今日は、ちょうど秋祭りの日だったのです。僥倖というか、それからというもの、祭りの山車が出てきて、それが曳かれるのをみて過ごしました。ま、みたらし団子を食べたりもしましたが・・・。
山車の巡行は、遠景に低い山が望まれ、その全体スケールがよくて、何枚も写真を撮りました。途中で帰らなくてよかった、と思いました。
犬山は、人口75,000人の小さな町ですが、名鉄特急に乗ると、名古屋駅までは34分で着きます。町の大きさがよく、元気な商店(シャッターが降りている店もたくさんありましたが)もあって、住むのにいい町だと思いました。
この町で、趙海光さんの10戸の町家型住宅が、これからつくられます。
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by sosakujo | 2008-10-27 04:53
一歩先を行くセミナーを開催します
この秋に、わたしが代表を務めています町の工務店ネット主催により、
「一歩先を行くセミナー」を開催します。
町の工務店メンバーへの参加を呼びかけるためのセミナーです。
募集のための新聞広告を、主要業界紙4紙に、それぞれ全面広告で
打ちます。またたくさんのダイレクトメールを出すということで、今、その
準備に追われています。
ここでは、それこそ一足早く、その内容をお知らせします。

セミナーのサブタイトルは、

理念と方向性は明快ですか? 
困難に打ち勝つ、具体的な内容を手にされていますか?

というもの。

東京会場11月25日(火)/大阪会場12月2日(火)
中野サンプラザ 13:00~16:50
中ノ島公会堂 13:00~16:50
□参加費 1万円+消費税   
□お申し込み(定員あり先着順) 町の工務店ネット事務局へ

講師□ 
東京会場/伊礼智(建築家)・ 秋山東一(建築家)・ 超海光(建築家)・ 小池一三(町の工務店ネット)
□ 大阪会場/ 三澤康彦(建築家)・ 村松篤(建築家)・ 秋山東一(建築家)・ 小池一三(町の工務店ネット)

このセミナーでは、幾つかの提案を行う予定です。

提案1 
スタンダードハウスの運動
わが町の現代町家や民家を、建築家とコラボして実現しよう!

ここにいうスタンダードハウスとは、「並の住宅」ではなく、200年住宅時代に応える 「高品質な住宅」をいいます。4人の建築家の競い合いの中から生まれた名作シリーズを、現代のクラフツマンである町の工務店が担います

提案2 
小さな家に未来がある
重厚長大・エネルギー多消費の時代を超える時代の家づくりとは ? 

文明は永遠に発展すると信じられた時代、エルンスト・シューマッハーが 「スモール・イズ・ビューティフル」を言い出し、人々は首を傾げました。けれど今、大きいとロクなことにならないことが分かってきました。小さい家だけど大きく住める家に未来を見よう。

提案3 
工務店は 「住宅医」 になろう。
非破壊検査機器を用いて、住まいを診断建築する手法展開!

いきなり新築を狙うのではなく、じっくりとていねいに「住宅医」として対応し、その向こうに大きな改造仕事や新築が待っていると考えましょう。お化粧建築ではなく、非破壊検査機器を用いて、身体(壁)の中を診断、治療(建築)計画を立てます

提案4 
web 「びお」 にリンクしよう。
ウエブ嫌いではありませんか? 工務店は、ウエブを味方につけよう!

何はともあれ、住まいネット新聞びおを、まずご覧になってください。「びお」とひらがなで打つと、一番目にでてきます。住まいを中心に、健康・家事・食・エネルギー・庭の草花などをテーマにして、1日10万ページビューをめざす本格的webサイトです。登録し、工務店の宣伝媒体としてリンクしてください。

びおの更新情報

びおの、今週の更新では福岡の工務店と、宮崎・高千穂の山を結ぶ、新しい産地住宅の話を取り上げます。この話は、季刊誌『住む』で書き、また『現代農業』の別冊にも書きましたが、びおでは、かなりくわしく書きました。
昨日、焼津のかつお節を作っている工場に取材に行ってきました。もの凄くおもしろくて、大興奮の取材でした。次々回の更新で特集します。この取材では、ぼくは写真担当でした。
ぼくの方は、七十二候と『興味津々」のほか、大きなテーマとしては、評判になっているタマゴに続いて、ブタを調べ、取材しています。ブタは奥が深くて、おもしろいですよ。
来月上旬の更新でアップする予定です。
建築家益子義弘さんのイラストと文章を、隔月刊『ぴお』(これはペーパーもの)に掲載しますが、webの方にも掲載する予定です。「明かり」について、書いていただきました。これを掲載するときには、「設計のみつくろい」コーナーに、永田昌民さんに登場いただき、やはり「明かり」について肩っていただこうと計画しています。豪華競演です。楽しみにしてください。


催しをお知らせするダイレクトメールの裏面に、こんなあいさつ文を書きました。

びお、一歩先を行くセミナーへのご案内

日ごとに秋の深まりを濃くしております。
さて、表記の催しを11月25日(火/東京会場)、12月2日(火/大阪会場)に予定しております。是非、ご参加いただきたく、ご案内申し上げます。

町の工務店ネットは、昨年6月に発足いたしました。
最初にやったことは、『住まいを予防医学する本』を発行したことです。全356pの分厚い本です。この本の制作は、かなり難業を強いられましたが、バックボーンとなる考え方や、これからの住まいのあり方を明快に打ち出すことが肝要と考え、がんばって発行しました。
次の大きな事業は、業界NO1をめざすウエブサイトです。今年の夏から本格的に動き出しました。まだ、あまり宣伝していません。まずコンテンツ(内容)を蓄え、これを見た人に、こんなウエブがあるんだ、と驚いてもらえるものをつくり出すことが、何より先決と考えたからです。
よく言われるように、ウエブはNO1があってNO2はありません。一番のウエブに人は寄ります。住まいネット新聞びおは1日10万ページビューを目指します。その状態をつくり出すにはどうしたらいいか、ということで、現在二十四節季・七十二候に沿って、ほぼ5日に1回更新を行っています。ひらがなで「びお」と検索すると、一番目に出てきます。まずはご覧ください。
町の工務店ネットは、かつての町家や民家のように、スタンダードな家をつくる運動も進めています。余分なものはいらない、機能をちゃんと備えた簡素で美しい家を、手ごろな価格で求めたいというユーザーに応える家づくりです。
また、〈樹木医〉ならぬ〈住宅医〉の取り組みを進めています。今の建築基準に照らして、既存住宅の94%を占める不適格な家をどう再生して行くのか、工務店に課せられた責任は重大です。それはまた、地域に生き続ける工務店の存在意味を鋭く問うていないでしょうか。

町の工務店ネットは、3分の1しか残らないといわれる業界にあって、自覚とやる気があれば、おもしろい可能性が拓かれることを証明したいと考えています。スター(プレーヤー)工務店に偏重することなく、多くの工務店が生き続けるデザインを描こうと思います。
まずは、セミナーにご参加ください。
セミナーの内容自体は、このネットに参加すると否とに関わらず、有意義な内容を持っています。講師陣も、おおっ! という人たちです。それで、いろいろと話を聞き、そうして頭をめぐらせ、こいつらと一緒にやるのがいい、と思えたら戦列に加わってください。
まずは、ご案内方々お願いまで申し上げます。
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by sosakujo | 2008-10-22 04:49
カメラ買いました
秋山東一さんが、いいもの見つけたときほどではありませんが、このカメラが出てからというもの、ずっとソワソワしておりました。ニコンのD700です。
むろん、秋山さんはこんな大ぶりなカメラは好みではおられませんが、ぼくの方は、仕事を進めるのにどうしても必要とするカメラでした。ニコンのデジタルは、持っているニッコールのレンズをフルサイズで使えないという難がありました。D3はありますが、高いし、重いので。
そんなわけで、D700は垂涎の的だったのです。

これまでの愛用機D200を、後継機であるD300に慌てて変えなくてよかったと思いましたが、D700を買うなら「あおり」ができるレンズを手に入れるべきと考えました。カメラの腕を必要とするところは上田明さんがいらっしゃるので、そちらにお任せするとして、予算がない工務店の室内写真を歪めずに撮るには、「あおり」レンズがあると便利です。こちらは腕で撮るのではなく、マシンで撮るレベルですので……。

デジタルのよさは、その場で、撮った具合を確認できることです。マニュアルにより、ギリギリまで絞るのは、フィルムでは怖くて、たくさん撮らなければなりませんでした。この点、デジタルならOKです。

夜中に、自宅の襖をF22、シャッター速度30秒で撮ってみて、案外やれるじゃん、とカメラマン気分を味わえたのは、何を隠そう、デジタルあってのことでした。

レンズは、12~24ミリ、18~24ミリ、28~70ミリ、70~200ミリの4種類のズームレンズと、135ミリの単焦点レンズ、90ミリのマクロレンズを持っています。D700は、これらもフルサイズで使えますが、ここはやはりということで、わがまま言って「24mm f/3.5D ED」を買い求めたのでした。30万円もするレンズです。ついでに、これがあるといいと思っていた、35ミリの単焦点レンズも購入しました。

というわけで、今日は一日カメラで遊ぼぉ~と。
そのうち、ブログに写真を載せるようになるかも知れません。これまでは、自信作もあったのですが、遠慮して載せませんでしたので。

そうそう、住まいネット新聞「びお」で、タマゴに続いてブタを書こうと調べ出しています。タマゴのときの写真は、三重の養鶏場に行って写真を撮りました。掲載されている養鶏場の写真は、ぼくが撮ったものです。今度はブタに挑みます。
ブタは奥が深くて、大変ですが、ゾクゾクするほとおもしろいものがあります。
ま、おたのしみに。
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by sosakujo | 2008-10-18 07:48
『羅針盤のない旅行者』
『羅針盤のない旅行者』という本があります。
同じ作者による『人間のしるし』と共に、20歳の頃、むさぼり読んだ本です。

作者は、ナチス・ドイツに囚われ、収容所から釈放されたあとは、レジスタンス=反ドイツ抵抗運動に参加したクロード・モーガンです。
発覚すれば銃殺確実という、緊迫に満ちたドイツ軍による占領下のパリにあって、作者は地下新聞『フランス文学』をパリ解放まで発行した兵(つわもの)ですが、むしろ、そういう状況下にあって、柔らかな精神を保持し続けたことに感銘を覚えました。

ナチスの収容所を書いたフランクルの『夜と霧』もそうでしたが、極限状況にあって、粘りをもって生き抜くのは、肉体的に強靭であるよりも、精神的な勁(つよ)さがものをいいました。
「疾風知勁草=疾風ハ勁草ヲ知ル」〔後漢書〕----勁草は、風につよしです。

もう、ずいぶん前に読んだ本ですが、「悲惨とはあれやこれやが欠けていることではない。 それは希望が存在しないこと」だという一節を諳んじています。
そうか羅針盤とは、方向を見定めることだけではなく希望なのだ、と思ったことを、今でも鮮明に覚えています。ぼくはその頃も本の虫だったので、よく言われる青春の一冊という言葉を好みません。影響を受けた本はたくさんありますので……。けれども、鮮明に記憶しているということは、まあ、青春の一冊だったのでしょうね。

文学や音楽を、自分の免罪符、カムーフラージュにしてはいけないということも、これらの本によって教えられました。
「ドイツ人の多くは、窓の下でユダヤ人や抵抗者が囚われているのに、部屋を花で飾り、モーツァルトを聴きながら、自分は純粋な人格だと思っていた」とは、歴史学者ハーバート・ノーマンが、たびたび口にしたという言葉です。これはハーバート・ノーマンがカイロで自殺したときに、羽仁五郎が雑誌に書いていたことですが、モーガンの小説に、繰り返し書かれていたことも同様の話でした。
モーガンは、手は血まみれであっても、教養ある殺人者はモーツァルトを聴くことで自分を回復できる、というのです。感性に騙されない理性的認識とは何かということを、モーガンはいいたかったのだと思います。

お粗末なお涙頂戴や、エコを言いながら私的有用性に走るヤカラが横行しています。それ自体、とても恥ずかしい存在ですが、困ったことに、この手のヤカラは自覚症状というものがありません。尤も、モーツアルトではなく、松山千春や演歌というのが、歌としても、いかにも哀しいところでありますが・・・。
哲学や理性の無力さを感じますが、そんなヤカラに負けてはならないと思っています。

理性に目覚めよ !!
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by sosakujo | 2008-10-18 07:41
阪神タイガースは永遠に未熟です
巨人に優勝を攫われました。
13ゲーム差もあったのに、何でまた? というのがタイガースフアンの嘆きです。
こういう場合、タイガースフアンは、外に理由をみつけます。
北京オリンピックで貧乏くじを引いたという思いを、ときどきベンチで愚痴る岡田監督は、タイガースフアンの心性を映し出しています。この輪のなかにいる自分が、どうもイヤですね。身の置き所がないというか。
北京では、新井が潰され、藤川は自信を喪失し、矢野は巨人の李に自信を与え、そのことで凹み。中日も、岩瀬が、川上が、森野がダメにされました。
一方、その間、巨人の小笠原は調子を上げ、上原・阿部は傷つかず、李は蘇り、内海は温存され、ヤクルトから奪った、「オッピッピー」とかダジャレを飛ばし、下手なお笑いタレントのベネズエラの選手と、グライシンガーとやらが活躍し・・・。
巨人は13ゲーム差をひっくり返したのではなく、阪神、中日が換骨奪胎せしめられ、その間隙をぬって巨人は優勝を掠め取ったのだと、どうしても思えてしまうのです。これはひよっとすると、ワタツネと星野によって仕組まれたのではないかと。
何でもかんでも勘ぐってしまい、疑心暗鬼。もう何だか、負け犬の遠吠え状態。
これを促した星野に、一体全体、何で阪神は給料払うのや、アホちゃうか、という怨嗟の声をタイガースフアンは挙げたくなるのです。
でも、タイガースも金本を、新井を広島から奪ったのだから、3位にもなれなかった広島の怨嗟の声の方が大きいのかも知れません。
金満ニッポンは、嗚呼、イヤだイヤだと、昨日の巨人の優勝をみながら思ったのでした。
このままでは、クライマックスシリーズもやられてしまうでしょうね。多分、愚痴ってばかりいる岡田はんでは、アカンと思います。あきらめたフリをして、もしそれを覆してくれたら、やっぱりタイガースや、ということに欣喜雀躍するのでしょうが・・・。
こういう場合において、中日の落合監督はしぶといので、タイガースをあっさり下し、横浜から攫った救援投手の暴投を誘ったりして、勝つのかも知れません。
それとも、大石監督率いるオリックスバファローズが優勝したりして・・・。
思いはあちらに飛び、こちらに飛び、チジに乱れるのです。
まあ、巨人フアンは、「読売ジャイアンツは永遠に不滅です」と言い続けろよ。
こちらは、「阪神タイガースは永久に未熟です」と、謙虚にやりますので。
自虐は、知性の素であって、それこそタイガースフアンの誉れでありますので、ホント。
もっと大きな心配、金融恐慌がやってくるかも知れない現実に戻ろおーっと。

同じタイガースフアンの永田さんや、菅さん、どんなふうでに過ごしておられますか?
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by sosakujo | 2008-10-11 05:23
久保栄の自由が丘の家
島崎爽助さんが、ご自身のブログ alpshima に『1952年 自由が丘」という一文を書かれていて、そのブログに久保栄のことをコメントしました。
久保栄は、当時、自由が丘に住んでいて、そこを「不自由が丘」と命名していました。戦後状況の中で生きづらかった、この劇作家の自虐的とも取れる話で、精神的にも参っていた頃でした。ぼくは久保栄と面識はなく、亡くなったあとにその存在を知り、小豆色した箱に入った全集を買い込み、『久保栄研究』という雑誌を講読していました。久保は、自由が丘で『日本の気象』や『林檎園日記』などの戯曲を書き、小説『のぼり窯』を書きました。この小説は、よほどリキが入っていたのか、「真の意味のローマン小説」だと自分で言ったりしていて、そんなことならと読んでみて、改行が一つもない小説に難儀したことを覚えています。
自由が丘の隣町の柿木坂に、戦前の、築地小劇場、新協劇団から久保栄と盟友であった宇野重吉が居を構えました。宇野さんとは生前面識があって、浜松の豊岡で演出ノートをまとめられているとき、お手伝いするため宿所を何回か訪ねたことがありました。チェーホフや、『にんじん』の話、戦前のプロレタリア演劇の話など、いろいろなお話をお聞きし、その折、久保栄のエピソードもあれこれお聞きしました。

そんなことを爽助さんのブログにコメントしたところ、爽助さんから『モダンリビング』1955年夏号が送られてきました。この雑誌には、宇野さんの家が出ていて、爽助さんが育った久我山の家も出ています。
久保栄が亡くなったのは1958(昭和33)年なので、宇野さんが柿木坂に転居されたときには、自由が丘に住んでいて、行き来があったものと思われます。『久保栄研究』の座談会記事か何かで、宇野さんが久保栄の家を訪ねたことが出ていた記憶があって、そう書いているわけですが、宇野さんは神経の細やかな人なので、大変だったろうと想像されます。
劇団民芸は、没後『火山灰地」(この一節を書いた宇野さんの色紙が、ぼくのオフィスに飾ってあります)も、『日本の気象』も、『林檎園日記』も再演しています。爽助さんと因縁の深い『夜明け前』(脚本/村山知義 演出/久保栄)も再演されていて、それらをみんな、ぼくは観ています。
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by sosakujo | 2008-10-06 11:46