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小池創作所代表・小池一三のブログです
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ビデオ屋は町の映画図書館
ちょっとした余暇があるとビデオ(DVD)で映画を観るようにしています。
だってテレビを映してもクイズ番組だの、下手なお笑い番組だの、そんなのばかりで頭がやられてしまう番組が多いんだもの。それを世相観察するのも一考かも知れませんが、短い余暇を、自分にとって愉しく過ごすにはビデオを観るのがいいと思っています。

町のビデオ屋さんは、ぼくにとって映画図書館のようなものです。むかしの映画なら、8本を一週間借りて1050円です。ぼくの場合は、むかし見落とした映画を棚から15分ほどでだあーっ探し出し籠に入れて行きます。それで家に戻ったらテレビの横に置いておきます。
翌朝から一週間、朝刊でその日のテレビ番組(夜間)をチェックして、おもしろくなさそうな番組ばかりだったら、棚に置いたのをみて、今日はこれを観るぞと決めて家をでます。実際には、仕事に追われて観られない方が多いのですが、寸暇を惜しんで観る気になれば、借りてきた8本全部を観られる週もあれば、一本だけの週もあります。まったく観られないことも生じます。しかし、仮に一本でも得がたいものがあります。

先週は、川島雄三監督の『しなやかな獣』を観ました。この監督の『幕末太陽伝』は、ぼくは戦後映画の傑作中の傑作だと思っていますが、こころの底に鬼のような怖さを潜めている監督で、『しなやかな獣』も、戦後のある時期の光景というか、断面を見事に映し撮り、抉り取っていて、なかなかの映画でした。若尾文子などは、バブルのときにニュースになった尾上縫(銀行屋を手玉にとった料亭のおかみ)を思わせるものがあり、川島雄三の洞察力を感じさせます。何故、もっと早く観なかったのかと悔やまれたほどです。

ビデオデッキが家に入ったばかりのときは、1日6本も観て、見終わった後後頭部に痛みを覚えたことがあります。しかもそのことごとくが白黒のザアザア音がするような映画なので、はじめは「もの好きね」とかいわれていましたが、3本目あたりになると、家人の非難、痛罵が生じ、6本目になると冷視を浴びたのでした。それが2日続くと、もう呆れられて口も聞いてもらえなくなりました。でも、ぼくにとっては濃密なよき記憶として残っていて、至福のときでした。

ビデオで観て、興奮した映画は数々ありますが、一番目に挙げるとすればジム・シェリダン監督の『父の祈りを』です。口ンドンで実際に起こった冤罪事件を描いた映画です。社会派ヒューマンドラマの嚆矢というべき作品です。ビデオ屋さんに眠っていますので、起こして、観てください。きっと得をした気分になりますので・・・。はじめは冗漫ですが、見続けているうちに、これは何なんだというほどに興奮を感じてくる映画です。

昨夜は、成瀬巳喜男監督の『流れる』と、篠田正浩監督の『処刑の島』を観ました。
前者は田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子と、まあこれだけよく集めたという配役で、その丁々発止は、それだけで見ものです。花柳界を描いた映画といえば溝口健二監督が有名(少し前に『祇園の姉妹』を観ました。男の愚かさを描いた人間喜劇)ですが、成瀬は成瀬の切り口を持っていて、松竹のよき伝統ということを感じました。昭和31年の作品です。
後者は、この監督のなかで一番いい作品だと思いました。劇団民藝の役者だった新田昌さん主演で、三国錬太郎、佐藤慶、信欣三などの芸達者が脇を固めていて、岩下志麻が娘役です。この岩下がいいのです。後年の『極道の妻』の凄みが、すでに娘役に出ていて、父親の野々宮潔さん(東京芸術座の役者だった)のことを、ふと思い出したりしました。『処刑の島』は、荒涼とした北アイルランドを思わせるものがあって、風の音の無気味さに一晩魘されました。
このあいだ藤田敏八さんがメガホンを取った『赤ちょうちん』を観ましたが、この映画も自分の青春時代と重なって、出てくる風景に涙が揺すれました。

原稿の締切りに追われ、書き上げた後の解放の時間に観るビデオ映画が、これがいいのです。それを味わうためには、何はともあれビデオ屋に足を運び、借りておくことです。
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by sosakujo | 2008-06-27 06:54
滋賀県の図書館に「住まいを予防医学」する本が
滋賀県の平野住建から、うれしい便りが届きました。
町の工務店ネットが発行した『住まいを予防医学する本』が、
滋賀県下の公立図書館で借りられるようになった、というのです。
以下は、平野さんの「ひらのすたいる」というブログに掲載された
記事です。

皆さんもご存知の あの黄色い本
・・・「 住まいを予防医学する本 」 が
滋賀県内の公立図書館で借りられるように
なりましたのでお知らせいたします。
実は、今春に県立図書館に寄贈いたしましたところ
「 大変すばらしい本なので 県内の図書館にも
配布いたしましょうか 」 ということになり、
県内の 図書館の数 +1(県立のみ2冊)= 46部、
寄贈させて いただくことに なりました。
お礼状なんか いただいたりして
何か すごくいいことしたみたいで
大変 うれしいものですね。


これより私の文章
この本は、工務店による貸し本システムを採用しています。
どこで貸して貰えるのか、という問い合わせをたくさん
頂戴していますが、その地域に町の工務店ネットがないと
借りられません。どの公立図書館にいっても置いてある、
ということであれば、これは最高です。
平野住建さんの英断により実現されたことに拍手をおくります。
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by sosakujo | 2008-06-26 15:56
動き出したbioネット
一昨日、住まい・家事などを対称とするwebサイトをつくろうと、この世界の猛者とされる人たちに青山に集まってもらってディスカッションしました。
まず、ネット新聞をつくろうということで一致しました。
トップ記事に何を持ってくるか、紙面構成はどうなのか、ビジュアルはどうなのか、いろいろな角度から掘り下げました。
久しぶりに背筋がゾクゾクする取り組みになるとの予感を持ちました。

ぼくのこういう予感は案外あたっていて、OMソーラーを始めたとき、雑誌『チルチンびと』や『住む』を立ち上げたとき、「近くの山の木で家をつくる運動」を始めたときには、それぞれ予感が働き、おもしろく離陸してくれました。
逆に、これはキツイだろうなという予感を持ったものは、やはり予感どおりにきつくて、ふうふう息切れしそうになりながら、「続けることが才能」と自分に言い聞かせてやっています。

新装開店のネットは、
7月20日にオープンを予定していますが、その前に「ゼロ号」を発行します。
この「ゼロ号」を希望される方は、ホームページのbionet.jpから申し込めます。
この申し込み者は、「住まいネット新聞」をメールマガジンとしても出しますので、そのまま読者として登録することもできます。
また、この新聞に記事を書く「びお/住まい記者」の募集も開始します。
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by sosakujo | 2008-06-26 10:01
京 静華のことなど
「京 静華」が、京都岡崎に開店して2ヶ月経ちました。ときどき電話であれこれやり取りしていますが、まあ順調ということで喜んでいます。
この店のことが『専門料理』という雑誌の7月号に掲載されました。記事には「異色の経歴を持つ」とか「小体ながら居心地のいい店内」とか書かれていて、ぼくも食した料理がきれいなカラー印刷で出ていました。
これを読んで感じたことは、浜松でやっていたときよりも素材に対して、つよく意識しているということでした。今回の雑誌の特集は「調味料」でしたが、お酢に京都の千鳥酢を用いたり、鱧(はも)や大徳寺納豆などが利用されていて、また、中華野菜などは浜松で栽培されている馴染みのものが使われていて、一つ一つの材料に調理人の目が注がれていることが誌面からじわじわと伝わってきました。
この雑誌は専門雑誌ですが、市販されている雑誌なので、書店で手にとってみてください。
ほかに、『家庭画報』(7月号)と、『週刊文春』の取材も受けているそうで、こちらはメジャーなので掲載されるとお客が殺到しそうで、あまりたくさんのお客がくることを本人も望んでいないので、少しばかり心配です。

24日に、東京青山の「un café」にて、bionetについての会合を持ちます。秋山東一さん、玉井一臣さん、小野寺光子さん、武山倫さん、当所スタッフなどが寄り合って、どういうwebサイトにするのか、いろいろ知恵を出していただきます。メンバーをみただけで、おもしろくなりそうに感じませんか。夜は、Beワークスの方々と「BeVスタンダード」について話し合いを持ちます。建築家のグループと工務店の連携の可能性を探り合います。これもワクワクする寄り合いです。
翌日の25日は、東京からそのまま大阪に直行して三澤康彦(Ms建築設計事務所)さんを訪ねます。こちらは「MOKスタンダード」の打ち合わせです。
新建ハウジングが発行している『プラスワン』の次号連載で、スタンダードは「並」を意味する言葉ではなくて、クオリティの高さの保持をいうと書きましたが、そんなスタンダードハウスを何とか運動化できれば、と考えています。
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by sosakujo | 2008-06-21 22:24
「びお」ネット
町の工務店ネットが衣替えすることになりました。
町の工務店ネットという名称は変えませんが、顔となる表記は「びお」で進めます。
「びお」はドイツ語のbioで、いのちを意味します。ひらがなにして、書道家の金山土州先生に、墨痕あざやかにロゴ文字を書いていただきました。かっこよくデビューさせます。

このネットに関しては、ぼくはこれまでプランナーとして役割を果たしてきましたが、もう少し前に出ろということで、前面にしゃしゃり出て、代表を務めることになりました。未熟でありますが、あいつとめたく存じます。初々しく、一年生の気持ちでやります。

一昨日、7人のメンバーによって運営委員会が浜松で開かれました。「スモール・イズ・ビューティフル」を掲げていますので、みんな小さな工務店経営者です。だからこそおもしろくやれると考えています。少しばかり図体の大きな工務店にとっても、「スモール・イズ・ビューティフル」の視点から考えていくことが重要になっています。30棟以内という枠組みは外しました。30棟以内であっても、この視点を欠いたところは登録審査の対象外とします。

大きな活動の柱は、

1.web上で、「住まいネット新聞 びお」を開始します。
住まいと健康・家事・育児などをテーマとし、ほぼ週一回の割合でリニューアルします。
編集委員は、わたしと秋山東一さんと、島根リンケンの田村浩一さんの三人です。それぞれ遠隔ですが、時空を超えて取り組めるのがwebなので、がんがん議論しながら、おもしろい企画を立て、紙面を構成します。
住まいを人生最大のホビーにするための『死ぬまで遊べる本』も、この取り組みから生まれるといいと考えていて、すでに何人かのメンバーのエントリーがあります。焚き火やペレットなどのマニアクラブとのリンク、調べるカタログの整理など、企画は目じろ押しです。ここ二五紹介したのは、そのほんの一部です。工務店情報の出し方とリンク展開についても、ほほーっ! と思っていただける案を練っています。
「びお」ネットは、モノは売りません。わたし自身のOMでの反省にもとづいています。モノ(住まい)を情報化し、モノを確かめ、モノを愉しみます。そのための「モノカタログ」(これは秋山さんが得意とするところですが・・・)もページ化します。三澤康彦さんに、Msグレードによる木のカタログもお願いしています。
どうやったら手に入るかなど、ほんとうに知りたい情報をつかんで発信します。

2.スタンダードハウスの運動を始めます。
すでに秋山東一さん、趙海光さん、三澤康彦さん、村松篤さんのプロジェクトが開始されていますが、新しい工務店運動として、これを正面からテーマに掲げることにしました。
スタンダードハウスの考え方は次のようなものです。

「今、盛んに「200年住宅」がいわれています。しかし、実際に200年住宅は可能なのでしょうか? 早い話、基礎工事を構成する鉄筋コンクリートからして140年の歴史しか経ていません。強度が計算される集成材といっても100年の歴史しか持っていません。
それなのに、ヨーロッパや日本の民家に模して自分たちの住宅写真を広告に載せ、あたかもそれが200年住宅であるかの如く描き出すメーカーが現れました。ロジックが繋がらないのにイメージだけを選考させるやり方です。
我々はこれに対し「危ないコンクリート」の原因を探し出し、用いる砂の塩分濃度を調べたりして、現時点での最善を実行したいと考えます。また、耐久性だけでなく、生活の用に応える耐用性も問題です。愛着に応える素材性も問題です。これらの全体をデザインすることによって、あるべきスタンダードハウスを求めます。スタンダードとは、我々のスタイルであり、建築が備えるべきクオリティの高さをいいます」

3.工務店のコミニュケーション(伝播)力をつけるための企画活動を進めます。
隔月刊の『びお』をはじめ、豆本(これは愉しくやれます)の出版などを行います。書籍『住まいを予防医学する本』は、6000部発行して4000部売れました。分厚くて高い本なので、まあまあ健闘したとみてよいと思っています。この本は、今度のネットの最大のコンテンツであり、活動のバックボーンになるものと考えています。来年、改訂版を市販化したいと考えています。

少しばかり面倒な文章ですが、町の工務店ネット全体の活動趣意書は次の通りです。

町の工務店ネットの展開
――多元的ネットへ、そしてスタンダードハウスの運動へ
工法や技術を囲い込むより、オープンにする方が、その工法、技術にとってもいいことだと分かるには、まだ少し時間が掛かるのかも知れません。しかし、時代は確実にストック型(持続可能な)社会へと向かっており、一元的に縛るだけでは成り立たなくなっています。一つの技術や工法に頼るのではなく、これから求められる住まいのために必要なもの、寄せられるものは何でも寄せ、学べるものは何でも学び、地域と住まい手のために、自由に、自在にチョイスできるのが多元的ネット――町の工務店ネットの方向です。
また、町の工務店ネットは、建築家と工務店の連携をはかり、新しいスタンダードハウスの運動をすすめます。日本の住宅が失った「簡素の美」を取り戻し、長い必要と、長い好みと、長い寿命に応える住まいを創造するために、学校やゼミナールを活発に開き、「びお」ネットを通じて社会化を促します。
町の工務店ネットは、組織の枠と壁を超えて、新しい連帯を生みます。
あの建築家を呼ぼう、あの工務店の話を聞きたい、あの工場のクラフツマンとモノを一緒につくりたい、という要求を実現できるのがネットです。ネットは、それ自体リンクを欲しており、リンクされることで輪は広がります。その輪の広がりを社会的有用性にまで広げ、そのことによって工務店の元気をつくります。
町の工務店ネットは、まだ始まったばかりの弱いネットに過ぎません。けれども大きな可能性を持っています。このミッションへのあなたの参加を呼びかけます。

衣替えした町の工務店ネットは、登録料(12万円)、会費(月2万円)ですので、取り組みやすくなりました。登録に関するご質問は、非公開でいただければご返事します。

この取り組みに専念するために、義理があるものを除いて、季刊誌『住む』の編集人などの役職を辞することにしました。まあ、もうひと暴れしてみます。変わらぬご支援をお願いします。

六根清浄、お山は晴天。
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by sosakujo | 2008-06-19 03:40
諸塚村にて
高千穂から少し下った日影村に、青雲橋という立派な橋が架かっています。
この山中では、稜線を繋ぐ道は橋によって渡されます。この道は、前に八代の井本工務店さんに乗せてもらって延岡でのシンポジウムに向かうときに通りました。今回は、その谷筋の生活を垣間見ることができました。稜線を走っているだけでは分からないことがある、と思いました。
この青雲橋の袂に道の駅があって、そこまで「もくみ」の谷川由香さんに送ってもらって、熊本から松下修さん(松下生活研究所)の車がやってきて、それに乗り換えて、次なる林地諸塚村へと移動することになりました。

日影村から諸塚村へは、谷を詰め、そうして峠を越えて入ります。
ぼくが知る松下修さんは温和な人ですが、どうして車の運転は荒く、九十九折の道なのにひどくスピードを出します。そんなわけで、諸塚村の役場に着いたらヨレヨレの状態でした。
役場の玄関には矢房孝広さん(諸塚村企画課長)が待ち構えていました。矢房さんは、ぼくの顔をみるなり、今から講演会を開くといいます。「30分でいい」というのですが、少しはのんびりできるかと思ったぼくは、かなり慌てました。話の準備も何もなく、部屋に入ったらずらりと人がいます。はるばるやってきたのだから、まずお茶でもといわれると迂闊にも思っていた自分が甘かったことに気づきました。そうなのです、もともと矢房さんはそういう人なのです(笑い)。

今回の諸塚村の訪問は、季刊誌『住む』に連載している「森里海ものがたり」の取材と、諸塚村と工務店でもって、今年度2回目の超長期の先導化モデルに申請してはどうか、という提案を行うのが目的でした。
講演後、民宿に会場を移したら、熊本から工務店の水田さん、小椋さん、金子さん、宮崎から谷口さんなどが続々と駆けつけられました。矢房さんも加わって、先導化モデルの「作戦会議」に入りました。「やろう!」ということで一致しました。

その夜は遅くまで酒盛りが続きましたが、ぼくは疲れていたのか、眠くてならず早めに床に着きました。隣の部屋でがやがやと酒盛りする声を耳にしながら、いつの間にか眠りに就き、目覚めたら午前4時でした。いつの間にか隣の布団で眠る人がおり、布団の中で1時間ほどあれこれ思索をめぐらせ、外が白け始めた5時にロビーに行って原稿を書いたりして過ごしました。そうしたら、小椋さんもいつの間にか抜け出しておられて、渓流にヤマメ釣りに出掛けられ、立派なのを釣って帰ってこられました。

諸塚村は、どこも山が迫っていて平らな土地は少ししかありません。
崖にへばりつくようにして役場などの建物が建てられており、どこか木曽谷に似ています。村の面積の95%が森林です。
午前中、森林認証の製材工場、倉庫などを視察し、葉枯らし乾燥をしている現場があるというので山に入りました。険しい山を四輪駆動の車で登ります。この村は林道がよく整備されています。作業道は60haにも達します。雑木との混交林に特長があり、眺望が得られる山に登ってみて、そのことがよく分かりました。
この山村風景は、この村独得のものがあります。林家一戸あたりの森林所有は20町歩と大きくありません。農林兼業が多く、殊に椎茸栽培が有名で、見事な「どんこ仕上げ」の椎茸が栽培されています。

昨日の高千穂は人工乾燥が主ですが、諸塚村の林業は、毎年11月から1月にかけて伐採が行われ、3ヶ月程度葉枯らし乾燥を行い、さらに製材工場に1年寝かせられたあと製材にかけられます。つまり諸塚村は、愚直なほど天然乾燥に拘っている「林業立村」なのです。この徹底性に魅かれる工務店、設計者は多く、それが諸塚村の林業を支えているようです。むろん矢房さんの人柄に寄せられて、ということもありますが・・・。

高千穂と諸塚村では、山のすがた、製材の方式、町との取引形態が異なりますが、共に意識的な取り組みがなされており、この懸命なすがたを『住む』の原稿に書こうと思いました。

帰路は、諸塚村から日向に下り、宮崎空港から中部国際空港のコースとなりました。谷口工務店の紀百さんの運転です。日向で内藤廣さんが設計された駅舎をみて、美々津の妻入りの典型的な民家の群れを訪ねました。美々津は、かつて諸塚村の産品が全国に出荷された湊町でもあって、新潟の出雲崎の町とどこか似ていています。廻船問屋の建物なども残されていて、じっくり半日位かけて見るといいだろうな、と思いました。
諸塚村からは、つごう3時間ほど掛けて宮崎空港に着き、中部国際空港からバスに乗り、浜松へは夜の11時に着きました。
4泊5日の旅でした。
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by sosakujo | 2008-06-14 06:14
高千穂にて
雨に煙る高千穂にいます。天孫降臨の高千穂です。

午後に福岡をでて、夕方遅くに高千穂に着きました。記録的な大雨というニュースが流れ、激しく車体を叩く雨の中での移動でした。8人乗りの車に8人が乗り込み、その真ん中に挟まれながら・・・。熊本から高速道路を離れ、南阿蘇の急勾配の道を駆け上り、晴れていれば見えるであろう大眺望も、ガスと雨のカーテンに閉ざされ、道路と並行しながら流れる河川は濁流と化しています。後部座席から「川がひどく太っちょる!」という声が挙がりました。みんな濁流へと一斉に目を向けます。ぼくは、その形容に可笑しみを感じましたが、笑うことも、口にするのも憚れます。
幾つものトンネルを抜け、ようやくのこと高千穂の町に着きました。飲み屋さんもあったりして、案外、大きな町です。「そうか高千穂は観光の町なのだ」と気づきました。
国民宿舎が、今夜の宿です。立派な国民宿舎なのですが、インターネットは繋がりません。翌日の諸塚村の民宿も繋がりませんでした。ブログの送信は、それで家に戻ってからになりました。

ことの顛末をお話します。
博多の長崎材木店と高千穂にある西臼杵森林組合は、産直住宅の協議会をつくっています。ぼくは博多でその協議会の総会に居合わせ、そのメンバーと一緒に高千穂に来たのでした。
同乗者は、西臼杵森林組合とそれに関係する方々、宮崎県林産部の西臼杵支庁の人たちでした。
この協議会を、ぼくは当初、単なる産直住宅協議会とみていました。けれども、国民宿舎のロビーで協議会事務局の佐藤庫司さん(第三セクターの製材会社/株式会社もくみ専務)と谷川由香さん(同社係長)から詳しい話を聞くにしたがい、これまで類例のない話であることに気づきました。
長崎材木店と西臼杵の森林所有者の間に「森林管理に関する協定」が結ばれています。この協定は、工務店である長崎材木店は立木の伐採権を取得し、森林所有者である高千穂の林家は、再造林の義務を負うという協定です。協定では、杉(40年もの)の立木の立米あたりの単価は7000円に設定されています。7000円という立木単価は、山元にとって決して十分なものとはいえませんが、それでも今の平均単価からすると、結構、頑張った数字です。

山元にお金が入る仕組みをつくらないと、山は立ち行かなくなることを、かつてぼくは『近くの山の木で家をつくる運動宣言』に書きました。現実は山元の収入は細るばかりで、あの徳島木島村の和田さんでさえ「もう木は伐りとうない」と嘆かれたのを耳にしたことがあります。
佐藤さんが山元価格に目が向けられたのは、ぼくも編集人の一人として加わった『木の家に住むことを勉強する本』(発売/農文協)を読んだからだと言います。あの本では、天竜の榊原さんが算定された立木価格を載せました。山の窮状を知らせたくて載せた数字でした。あの本に導かれて、この現実を「どげかせんといかん」と考えて実践した人が、この宮崎高千穂の山地にいたのです。
佐藤さんは7000円の単価を出すために、40年間の「造林・保育 標準経費」の算定根拠を細かく出しています。造林(杉2500本・ha植栽)・下刈(6回)・除伐(2回)・間伐(3回)の作業を行い、補植・枝打ち作業を加え、かつ固定資産税や補助金なども計算に入れた後価計算によるもので、利率換算すると2.5%の利回りが山元収入になります。

この数字の裏を取りたくて、ぼくは林家を訪ねたいと佐藤さんに申し出ました。快く応じていただきました。翌朝7時40分に佐藤さんと谷川さんが迎えにこられ、そうしてぼくは高千穂の山中にある林家を訪ね、伐採現場へと足を運びました。
霧が立ち込める林家の庭先に足を踏み入れたら、ニコニコとぼくを迎える人がいました。その顔を一目みるなり、ぼくは忽ち、これは疑う余地のない話だと納得しました。庭先に椅子が置かれ、お茶が振舞われ、漬物が出る歓待を受けました。林家の奥さんも、おばあちゃんもニコニコされていました。

町の工務店と林家との間に、このような協定が交わされ実行されたのは実に驚くべきことです。しかもそれが、このように小さな単位でなされていることに、ぼくはつよい感銘を受けました。「近くの山の木で家をつくる運動」の、これは大きな成果といってよいのではないか・・・。
ぼくが山に入って、林家の方からいつも感じるのは「町の工務店は浮気者」だという視線です。天竜でも、工務店は猫の目が変わるように取引先を変えてきました。コストが安いほうへとコロコロと変えてしまうのです。山側は口には出しませんが、信用ならない連中と思っているように感じられ、自分もその一員だと思われるのがイヤでした。過当競争を強いられる工務店の苦境を分かっているのでツライところですが、こうした点からして、今回の試みは画期的なものだと思われたのです。

山のことは山の中で始末をつけ、町に持ち込むべきではない、という意見があります。そのような真っ当な考えを持つ人にとっては、この方式はあるいは安直と映るのかも知れません。このことは、ほんらい山が行うべきことであって、山がだらしがないといわれることになるのでは、という見方です。 このやり方が首肯されると、流通が吹っ飛び、従来的なシステムが滅茶苦茶になる恐れがあります。
しかし、山で始末がつかなくなっているのが現実であってみれば、補助金に頼らない自力的な西臼杵方式は、一つの有力な方法だとぼくには思います。有効な方法が見つからないので、山は政治家に頼み、補助金を引き出そうとします。確かに、今回のやり方は山の経営が苦境に立つ中で絞り出された苦肉の策であったことは否めません。そうした事情も耳にしました。けれども、このことによって町の関心を高め、山の問題は町の問題だとする見方が生まれつつあるのは事実であって、これは逆転の発想が効を奏したことになりはしないでしょうか。
流通の仕組みは、そのまま既得権を意味するものではない筈です。それぞれが必要な役割を負うことで成り立つべきことで、もしそれで単価が高くなるなら、エンドユーザーの理解を高めるほかありません。そこが基本であって、山元の犠牲の上に成り立っている現状こそ、ぼくはイビツだと思っています。

ぼくは高千穂にて伐採ツアーが組まれた現場に立ちました。
植えられた苗木の横に、このツアーに参加した人達の思いが木札に書き記されていました。たどたどしい字で「CO2をへらそう」と書かれていました。子どもの字でした。多分、佐藤さんや、長崎さんから、ここに苗木を植えることの意味が語られたことでしょう。そのことがあっての書き込みだと思われました。単なるパフォーマンスではない、経済的な裏づけを持った取り組みがそこにあります。

この方式は、いうなら一種の「排出権取引」というべきものです。この契約書では、林家に対し40年間に亙って再造林が義務づけられています。植えられた木は、その間、CO2を吸収し続けます。山に木を植えるのは、つまり一種の環境契約です。市場原理では括れない、環境原理が厳としてここにあります。これを「売買」に乗せているわけで、これはもう立派な「排出権取引」というほかありません。京都議定書による「排出権」方式は姑息なもので、ぼくは好みませんが、この協定書がそういう性格を持つものである事は確かです。

日本の商社は、東南アジアの熱帯林で後は野となれ山となれ、という環境破壊をやってきました。それが地球温暖化による異常気象と重なってフィリッピンの土砂災害を生んでいるとの報道がありました。この試みは小さな一歩ですが、ぼくは価値ある取り組みだと思ったのでした。
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by sosakujo | 2008-06-14 06:11
博多町家
朝、早く起きて岡山から北九州へと移動し、町の工務店ネットのメンバーである住楽さんを訪ねました。
住楽さんの事務所は、門司風師山の中腹にある古民家(社長の木嶋さんの自宅)に置かれています。この山の入り口にあたる小森江口は林芙美子の生地です。
この山に登ると途中に高浜虚子の句碑「風師山梅ありという登らばや」があり、さらに登ると江戸時代の歌人の宮川尚古の記念碑があり、標高三六四メートルの風師岩頭に立つと、吉井勇の歌碑があります(「風師山登りて空を仰ぐとき雲と遊ばむこころ起りぬ」)。
ここにはマナスル登頂で知られる登山家槙有恒の記念碑もあります。
この風師岩頭から関門海峡の眺めは絶景だそうで、門司から下関までを見渡せるといいます。
もし仕事がなかったなら、のんびりと文学散歩したいところですが、時間が押しているのでかないませんでした。それでも、一瞬でも風師山の空気に触れ、この山に登る中腹にある古民家を訪ね、行き交う人に接しられたのは、やはり旅に出なければ味わえないもので、うれしいものでした。

住楽さんの事務所は、築後80年位のもので、ほたて漆喰壁を塗られていました。北海道の噴火湾やオホーツクの海から獲られたほたて貝が、門司の古民家の壁に塗られている不思議をふいと感じ、ぼくは一人でにやりとしたのでした。
事務所には、友人お二人も駆けつけられ、おいしい羊羹をいただきながら、ひとしきり歓談しました。町内の平均年齢は70歳だそうで、町全体のレトロ色を地で行く場所ですが、よくみると新築も建っていて、仕事の芽がないわけではありません。
人が「住む」場所をつくる仕事は、食や衣服と同じように必要なものなので、どんな仕事をしている工務店なのか、地域とコミニュケーションすることの大切さを、手嶋さんも、友人の黒岩さんも、ぼくも口にしたのでした。

この日は、午後に博多に移動しなければならず、小倉からは方までの切符を買っていましたが、カメラだの三脚だの荷物の多いぼくを見かねたのか、住楽さんが車で送ってくださることになりました。普段はトラックを乗り回しているそうですが、この日は赤い色のフランス車です。奥さんの所有車です。軽快なドライブでした。
福岡空港で趙海光さん、長崎材木店の石津さんと合流し、まず太宰府にあるモデルハウスの見学へと向かいました。太宰府のモデルハウスは、この20日にオープンを予定されています。そこにクラシックなシトロエンに乗る社長の長崎秀人さんが待っておられて、新モデルハウスを間にして花が咲きました。
屋根の勾配、妻側の出のほどよさなど、趙さんはそこに「秋山東一を感じる」といいます。「秋山さんがやられたことは、ほんとに凄い」というのが趙さんの口癖です。

太宰府で住楽さんとお別れして、趙さんが設計を担当される「博多町家」の土地を見に行きました。土地は間口8m、奥行30mです。この「うなぎの寝床」というべき土地に、どう「博多町家」を設計するのか、土地をみるまで趙さんは懐疑的でした。しかしこの建築家は、土地をみていると頭に沸々とプランが浮かんでくるようで、最後には「なかなかいいよ、この土地」といわれます。フランク・ロイド・ライトは、「土地に建てるのではない、土地そのものになるのだ」ということを言いましたが、趙さんの土地との同化作用は横でみていると、ほんとうに愉しいものです。

長崎材木店の本社にある二軒のモデルハウスなどを見学し、夜は博多の中心街、天神の古町家を再生した居酒屋で、長崎材木店の設計スタッフと一緒に遅くまで歓談しました。この町家は、ぼくがよく知る京町家と違う表情を持っていて、趙さんは「博多の町家は、何か大陸の匂いがするね」と言われたのでした。
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by sosakujo | 2008-06-11 07:03
「あとは灰だけ!」
今回の旅は、岡山の勝山町にはじまり、北九州、博多、宮崎の高千穂、諸塚村を訪ねる旅です。最初の訪問先は、集成材で知られる岡山勝山町(今は町村合併されて真庭市)の銘建工業です。小池創作所で、前に集成材の本を作らせていただき、岡山駅前でレンタカーを借り勝山まで何回も通いました。浜松を7時に出て、岡山に10時半、勝山に着くと12時になります。勝山の旧出雲街道沿いにある「西蔵」でお昼を食べるようにしています。この店のランチはなかなかのものですが、勝山の最新の文化情報が分かるのがいいところです。今回も雑誌『銀花』で勝山特集が編まれていることを知り、またお雛様の本が出ていることを知り(それらは買い求めました)、真庭市が「バイオマスツアー」を組み募集していることを貼ってあるポスターで知りました。
お腹を満たし、脳に情報をインプットして銘建工業を訪問するというのが、ぼくの勝山訪問パターンで、今回もこのパターンを踏みました。よきパターンは、よきリズムを生んでくれるからです。

今回の訪問は、ホームページのリニューアルをやってくれないかという依頼を受けてのものでした。社長の中島浩一郎さんと、役員の安東さん、担当の中上さんが迎えてくださいました。久しぶりにお会いする中島さんは、この1年余り業界全体が改正基準法の影響を受けて落ち込んでいることもあり、滅入った気分でおられるかと心配されましたが、この方の前を向いて歩き続けるスピリッツは何も変わっておらず、パチパチと拍手を送りたいほどお元気で、かえってこちらが元気をいただく始末でした。
さて、新しいホームページに何をトップに持ってくるのか、そこが思案のしどころです。この結果は、数ヶ月後の結果をみてのお楽しみというところですが、この会社のネタは豊富なので、料理人としては力いっぱい腕が振るえます。

銘建工業は集成材の生産、特に管柱に関しては一工場の生産量世界一の会社です。直通のラミナを選び、一本一本グレージングして集成材にするという王道を歩んでいます。曲がり材を用いた最近の集成材との差異を、どう理解してもらうのかがいちばんの課題で、先に制作した本では、それを解くことにエネルギーを費やしました。
「200年住宅」がいわれる中で、この会社の真価は、いよいよ発揮されるものと考えられますが、品質よりもコストに傾斜しがちなのが業界であり、「悪貨が良貨を駆逐する」こともあります。昨今の事情をみると、よほど性根を据えてやらないと、本物が本物として生き抜くのがむずかしい局面に立っていると考えなければならないでしょう。
ぼくは、集成材を用いる工務店、建築家は、この工場を一回は見るべきと思っています。今回同行した佐塚(小池創作所のweb担当)は工場見学して、読むと見るとでは大違い、工場にノウハウがいっぱい詰まっている会社だと言って感動していました。
ぼくは北欧の集成材工場を数見てきましたし、国内のあちらこちらの工場も訪問しましたが、これほどの工場は、ほかに知りません。機械がやってくれることと、人間の目視を重視するあり方は、ドイツのクラフツマンの工場をみるようです。百聞は一見に如かずです。

この会社は、「ゴミ」をゴミにしていない会社でもあって、バイオマス発電、ペレット生産でも名を馳せていて、バイオマス発電では工場のエネルギーをまかなうだけでく売電して半端でない利益を挙げ、石油高騰よってA重油100円の時代に、その半分のコストで良質のペレットを販売しています。銘建は、ペレット生産量日本一の工場でもあって、集成材を生産する過程で生じるプレーナーの「屑」を用いて、良質のホワイトペレットを生産しています。
確実に「ゴミ」は資源になっていて、あと残されたのは「灰だけ!」ということでした。
木材の事業活動に伴う焼却灰は、産業廃棄物の燃え殻に該当し、その処分については、 廃棄物処理法による規制を受けます。銘建工業は、この灰処理に未だ10数万円のお金を支払っていて、中島浩一郎さんにはそれが「もったいない」と思えて仕方ないようです。

灰はカリウムを多く含むため、昔から農業用肥料として用いられてきました。森林を焼き、その灰を肥料として農業を行う焼畑農業がいい例です。豊富なミネラルを持った灰は、ほんらい廃棄物ではなく有効利用すべき素材です。しかし、日本の法律では、灰の処理生成物を、肥料として使用する場合は、肥料取締. 法の規制を受けます。この点をクリアし、使える肥料にするためには、なかなか大変なハードルがまだ待ち受けているようです。そのハードルが高ければ高いほどやる気が起こるのが中島浩一郎さんなのです。

「あとは灰だけ!」という言葉が、ぼくの耳にこびりついて離れません。
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by sosakujo | 2008-06-10 06:14
天野礼子さんの新しい本
森里海連環学を一緒にやっている天野礼子さんの新しい本が北海道新聞社から出ました。
森里海の実践塾は、天野さんが塾長で、ぼくが塾頭を務めています。

新しい本は、『21世紀を森林(もり)の時代に』(1600+税)というタイトルです。
本の帯には「養老先生いわく 手入れの思想が森を救う」と印字されています。この本は、養老猛司さん、立松和平さん、山田壽夫さんとの共著です。養老さんが山のことを書いておられるのは、めずらしいことのように思う人がいるかも知れませんが、この本を読むと、どうしてつよい関心と見識をもって山のことを考えている人だということが分かります。

ぼく個人は、林野庁が推し進めている「新生産方式」について反対意見を持っていますが、著者の一人である山田さんは、林野庁の現役の北海道森林管理局局長であって、九州森林管理局長を務めておられるときに、まさに「新生産方式」を始められた張本人です。ぼくも、この関連のシンポジウムのパネラーを何回か務めましたが、反対意見を持っている側の立場を認められ、川下の立場にもよく耳を傾けられ、結構バランスのいい方だという印象を持っていました。
この本での、天野さんと山田さんの対談は、天野さんの突っ込みと、山田さんの返答のバランス感覚の良さがでていて愉快でした。

この本を全体としてみると、長良川河口堰から始まった、日本の川を取り戻す取り組みを山の問題と繫げ、各地の山を走り回るようになった天野さんの面目躍如たる本で、その呼吸の激しさまでが伝わる本でもあって、この頃「森里海をさぼっている小池」を射る本にもなっています。
この本を読みながら、こりゃのんびりしていられない、と思うのでした。

来週は、九州の高千穂の山と、諸塚村に入りますので、本人的には決してさぼっているわけではありませんが・・・・・。森里海の実践塾を、そろそろ開かなければと案を練ってもいます。
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by sosakujo | 2008-06-07 02:00