title
小池創作所ロゴ
小池創作所代表・小池一三のブログです
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
以前の記事
2013年 05月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
最新のトラックバック
現代町家塾
from ShopMasterのひとりごと
芍薬(しゃくやく)
from aki's STOCKTAK..
敵こそ、我が友 /MON..
from aki's STOCKTAK..
住まいネット新聞「びお」..
from simple pleasur..
住まいネット新聞「びお」..
from ONE DAY
こんなのができました♪「..
from ONE DAY
京都議定書 アメリカ
from 地球温暖化
京 静華 プレオープン
from irei_blog
静華
from 徒然ダメ日記 およそTANT..
チベット自治区ラサへグー..
from グーグル地図で世界遺産巡り〜..
リンク
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
AX
<   2007年 12月 ( 8 )   > この月の画像一覧
定番化シリーズのコードⓐ 
新春の1月29日~30日に、定番化シリーズの第1回の発表会があります。第1回は趙海光さんです。わたしはプロデュースの立場で参加しますが、開始を前に、定番化シリーズのコードについて、幾つかの視点から考えてみたいと思います。年末年始にかけて連載します。


定番化シリーズは、
新しい建築運動の性格を持っている

  建築をグリットとモジュールによって寸法整理する方法は、畳の寸法を生み、一間二間の「間」を生み、その構成によって「間取り」を可能とし、伝統的な木割術を生みました。大工は柱の位置を決めるだけで、たちまち空間を構成できるようになったのも、京間、江戸間、中京間などの違いはありますが、基本にグリットとモジュールの寸法の確定にありました。それは材のピッチが持つ美しさを生み、日本の木造空間の美学的な世界を形づくりました。
  町家や民家が美しいのは、アノニマス(匿名的)な寸法の確定にあり、それによって建物が造られたことによります。町家による町並みや、民家の散居的展開は、一軒の家ではなく、連続性と群居によって構成されてきたのであり、その意味で町家や民家は、定番的に展開されるところの、群れて自生するキノコに似ているのかも知れません。
  しかるに、現代日本の荒廃した町並み風景を見るにつけ、もう一度、町家型、あるいは民家型の設計に立ち返り、その発想と手法に学ぶ必要があるのではないでしょうか。
  建築家と工務店と工場(プロダクト化)による「定番化シリーズ」の取り組みは、こうした方向性を持つことで、建築設計の社会化をはかりたいと思っています。
  本来それは、工業化住宅(プレハブ住宅)が担うべきものでありましたが、日本の工業化住宅は「商品化住宅」へと傾斜し、絶えることなく陳腐化をはかることで、日本の住宅風景を混乱の極みへと押しやりました。彼らは、「現代町家」や「現代民家」などをコピーライティングとして用いることはあったとしても、それとはまったく逆行し、日本の町並みを殺ぎ、破壊して行く役割を果たしました。
  工業化住宅を「注文住宅」化するという離れ技は、一方において日本の工業化能力の高さを示すものでありますが、それによって「高く売れる」というメリットがあり、この営業的メリットの優先が、このあり方の定着をみたのです。
  そして少なくない工務店が、この工業化住宅のデザインを後追いし、「ドーマーのある家」といえばそれを表皮のみ用い、「チムニーのある家」といえば煙がでない煙突を立て、メーカーのデザインを野暮に模しながら、メーカーよりも少し安い単価で請負う小判鮫的展開をはかりました。野暮なデザインはすぐに飽きられますので、「商品化住宅」の陳腐化サイクル組み込まれ、日本の住宅風景の混乱に、いっそう拍車を掛ける役割を負う羽目になりました。
  したがって、建築家と工務店と工場(プロダクト化)による「定番化シリーズ」は、この対抗軸となるべきであり、日本住宅の美を回復するデザイン性を持たなければなりません。
  その基礎となるのが、ここに述べた寸法の確定と展開にあるのであり、それは新しい建築運動の性格を持つものです。


おしらせ
今日は大掃除で、明日から1月6日まで正月休みです。何本か原稿を抱えての年越しです。
大晦日から2日までは京都で過ごします。
久しぶりに八坂神社のオケラ参りに行こうと思います。
正月中に秩父に取材に行くことを考えると、あわただしい年末年始になりそうです。
本年はありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
[PR]
by sosakujo | 2007-12-28 09:43
町の工務店ネット 新年早々のスクール
お知らせは、町の工務店ネットが新年早々に開くイベント二つです。

1.
建築家・趙海光(ちょううみひこ)の 「町家型住宅」 を、
定番化したい工務店のための学校

設計/趙海光(ぷらんにじゅういち)  プロデュース/小池一三(小池創作所)
主催/この指とまれの趙海光スクールの会  
町の工務店ネット・支援イベント

趙海光さんは、先に開かれた「れんれんゼミin浜松」(主催/町の工務店ネット 共催/ロケットハウジングシステム協会)の講演で、2000万円程度の住宅で、設計者が10数%の設計費を取って、工務店が20数%の利益を挙げると、正味40%近くが吹っ飛んでしまうと述べ、それでいい家が建つわけない、と言われました。そして、一人の建築家を10社の工務店が雇うと考えたらどうだろう、と提案されました。この考えに基づく、建築家と工務店によるコラボ「定番化シリーズ」が、ここにスタートします。集中合宿で、しっかりプレゼンを受け、自社の「定番」――スタンダード住宅を生んでください。

趙さんからのメッセージ
狙ってるのは幕末の蘭学塾みたいな雰囲気。だから学校というよりか寺子屋か塾ですね。おおぜい、集まってくれればいいけど。(趙さんのブログより)

■ 参加要項(結構おもしろい仕組みを編み出しました)
1.スクール参加者には設計資料一式を配布します。設計の著作権・肖像権は趙海光に属します。  2.実施した建物が完成したら、趙海光と小池一三を交通費・宿泊費等持ちにて招待してください。  3.スクール仲間に完成建物会の参加を呼びかけ、地元勉強会を開いてください。  4.スクール仲間は、万障繰り合わせの上、可能な限りこれに参加すること(実際に学ぶには現場が一番!)。  5.建物見学会などの発表・地域アピールにあたっては、その告示物に設計・趙海光のクレジットを明記して下さい。また広告等表現に関しては、事前に小池一三のチェックを受けて下さい。  6.参加にあたっては、当日参加費とは別に一社30万円/税別(町ネット・ロケットメンバーは18万円/税別)を必要とします。この費用は、主に設計料として趙海光さんに支払われます。  
✻ これは地場に根付き、自前の手を持つ工務店と、場面をつくる力と異邦人の目を持った建築家の共闘です。
日時/1月29日(火)~30日(水)12:30開始  会場/伊東 石ばし庵  締切り/15社に達し次第締め切ります。  スクール費/18,000円・人・税別 (宿泊費・夕食交流会は金目鯛のしゃぶしゃぶ+飲み放題・朝食・会議費・資料作成費)
主催/この指とまれの趙海光スクールの会  町の工務店ネット・支援イベント
設計/趙海光(ぷらんにじゅういち)  プロデュース/小池一三(小池創作所)

【お問合せ】 スクール事務局(小池創作所内) 〒430-0901 静岡県浜松市中区曳馬1丁目21-3-C1  TEL 053-476-1300   info@sosakujo.jp


2.
『住まいを予防医学する本』
を活用するための工務店スクール

主催/町の工務店ネット  
とき/08年1月24日(木) 10:30開始~17:00終了(昼食自前)
ところ/京都市文化財建造物保存技術研修センター(清水寺近く)  
費用/町の工務店ネット登録会員 無料

この本をどう活用すれば、受注へと結びつくのか?
そのノウハウを、余すところなく解き明かします。

この本は、町の工務店ネットに参加するメンバーの、コンセプトブックとして作られました。
ユーザーと、この本を間にはさんで、うまくやりとりすると驚くほど効果があります。そこを間違えると、ただ厚い本を渡された、という結果を招きかねません。
いい結果も、よろしくない結果も出ています。その違いは何なのか? そこにこの本のおもしろさと、むずかしさがあります。住まいづくりの羅針盤として、最大効果をあげるためのスクールを開催します。このスクールは、工務店が苦手な、営業勉強会を兼ねています。

【お問合せ】 スクール事務局(小池創作所内) 〒430-0901 静岡県浜松市中区曳馬1丁目21-3-C1  TEL 053-476-1300   info@sosakujo.jp
[PR]
by sosakujo | 2007-12-25 21:03
分かりにくいサイン
  航空運賃のことを前に書きました。羽田-千歳の航空運賃について、高知や松江に行くより安いことを問題にしました。そうしたら、東京から千歳に向かうのは安いけれど、千歳から羽田に向かう航空運賃は高いということを、伊達の小松建設さんから聞きました。これも奇怪な話で、首都にいる人だけ、なんで優遇されるのか不思議です。

  今日はサインを問題にします。
  大阪駅新幹線の中央口は、出口と入口が別々です。地下鉄の御堂筋線などでくると、そのまま新幹線の入口に直行できますが、バスやタクシーで来ると出口前に着きます。そこから入口を探すのですがサインがなくて、しばらく東に歩くと「JR線入口」のサインが見えます。新幹線の入口ではないのか、と考えて引き返して、今度は西に向けて歩き出すのですが、そちらもサインは視覚に入ってきません。やっぱり東側かと思って「JR線入口」に向かうと、改札口近くにに来て、その奥にようやく新幹線入口があることが分かりました。この間、重い荷物を持ってウロウロする羽目になったわけで、新幹線入口を入った後、腹立たしさを感じて西側はどうなのかと確かめに行き(モノ好きなのでしょうか?)、ああそうだった、地下鉄で来たときはこちらから入ったのだと合点が行きました。
  いいたいのは、サインが親切ではない、ということです。
  前に東名高速道路の豊田インターチェンジを出て足助に向かったときのことです。主要道を走ったのですが、途中で足助の文字が標識から消えて、その近くの地名だけが出るようになりました。どうなっちゃったんだろうと思って引き返し、ガソリンスタンドで聞いたら、やはりその道でいいことが分かったことがあります。
  この点、ヨーロッパ各国の標識は分かりやすいのです。
  交差点がロータリーというのがよくて、主要な行き先が標識に明示されていて、間違ってもロータリーでそれが変わるということはありません。ロータリーは、中に入った車優先で何周でも回れます。
  スペインのバスク地方は、スペイン語がペンキで消されていて、「ありゃ!」と慌てましたが、ガイドブックを見て、バスク語の地名のスペルをハンドルに貼っておいて、ロータリーをぐるぐる回りながら確かめると、まず間違うことはありません。バスクの小さな村に、案外簡単に行けてしまって拍子抜けしたほどでした。
  大阪駅でも、豊田から足助に向かったときも、人の身になってサインはつけてもらいたいと思ったものです。
[PR]
by sosakujo | 2007-12-24 14:41
技術の本領
ムク材に適正な接合金物として知られるロケット工法の本を作りました。
『木工法に夢をみた――ロケット工法ものがたり』というタイトルをつけました。140pの本で、『住まいを予防医学する本』に続いて、今年二冊目の本です。
この本の前半は、この工法の発明者である齋藤陸郎さん(日東木材相談役)の半生を綴りました。この技術のアイデンティティは、何より発明者その人にあると考えたからです。
いつものことですが、本を作りながら、いろいろなことを勉強しました。

平嶋義彦名古屋大学名誉教授に教えられて、木造住宅の起源に興味を持ち、奈良橿原考古学博物館を訪ね、佐見田宝塚古墳から発掘された家屋文鏡を見に行ったり、富山・桜町遺跡について調べたりもしました。世界遺産にもなっているロシアキジ島の奇跡の建築とされる教会の写真を富井義夫氏からお借りすることができました。また、本居宣長の『玉勝間』を読み込み、出雲大社の歴史を調べる過程で、大林組がバーチャルプロジェクトとして取り組み、張仁誠氏が復元した絵も提供いただけることになりました。唐招提寺の校倉造にカメラを据え、光と影の微妙を求めて、日長一日シャッターを押し続けたりもしました。お借りしたもの以外、今回の本の大半はぼくが撮りました。
調べ、勉強しながら、外来技術である柱・梁構造とは別に、わが国古来の技術として柱・厚板構造の歴史があることを知りました。また、貫工法が法隆寺の建築を遡ること3000年~4000年も前に存在することも知りました。さらにはまた、筋交工法が明治以降の外来技術であったことも……。

ロケット工法の真髄は、フレーム接合における金物と伝統工法の融合にもありますが、ぼくは何といっても、「さくりはめ」によるテラパネルに、この技術の卓越をみました。構造面材との二重の壁は、これ以上ない強さを持っていて、地震列島の上に建つ住宅技術の一大成果だとみました。それで、ぼくはこれを「Wウォール」と名づけました。
テラパネルは、柱に溝をつけて板材を「さくりはめ」するわけですが、平嶋先生は、これは地震に対して減衰効果を持つ壁だといわれました。倒壊を抑止する「倒壊抑止壁」ですね、と申し上げたら「そうだ」とおっしゃいました。
構造用面材は、実験で強烈な地震の振動を与え続けると、やがて釘が飛んで滑落します。剛性は、それ以上の剛性を与えられると脆いのです。伝統工法と同じような減衰効果を持つテラパネルは、「柔の技術」なので、地震波を柔らかく受け止め、そのことによって構造用面材の釘が飛び、滑落に至ることを抑止してくれます。補完作用が働くのです。
わたしは技術者ではありませんが、始めにOMソーラーに接したときの感動が蘇りました。おもしろい、と思いました。この技術を埋もれさせるのは、もったいない、と思いました。技術本体によって与えられたエネルギーが、短期間でこの本をまとめさせたのだと思いました。

この本のご縁があって、静岡の片山建設さんからパンフレットの作成に依頼がありました。それで先日、社長さんとご子息の専務さんにお会いして、あれこれお話ししました。
片山建設さんはロケット工法の片山建設として、この工法の草分け的存在のお一人です。しかし、ロケット金物を用いられてはいますが、コストの関係から、テラパネルはお客の要望がなければ、あえて奨められておられませんでした。
工務店は、過当競争を強いられておりコストに敏感です。ぼくがやってきたソーラーも、顧客を寄せる広告塔としては今尚強さを持っていますが、予算を詰めて行く過程で除けられるケースが増えているようです。工法やシステムを、そういう使い方をするケースが、最近の工務店に見られ、フランチャイズなりグループに支払っている会費は、一種の広告費になってしまっているようです。これでは肝心の技術が泣きます。技術のアイデンティティを滅失させるもので、長い目でみると信用を損なうことです。
片山建設の社長は、根っからの技術者で、篤実な人柄が出ていて、ロケット工法を語らせると熱っぽく、この人に仕事を頼めば間違いない、という印象を濃くしました。町の工務店は社長の人格や人柄、もっといえば骨柄骨品で仕事を得ているといっていいほどに、社長自体が問われます。
ぼくは片山社長に、この土地は東海地震が予想される地域であり、身体に感じない地震を含めると、毎日のように大地が揺れている土地ですよね、この土地で家を建てるとはどういうことか、それを押し詰めて考え抜いた結果、選ばれた技術がロケット工法だったのではないですか、と申し上げました。片山社長は大きく頷いて「その通りです」とおっしゃいました。
それなら、ロケット工法の片山建設ではなく、「技術者である自分が選んだロケット工法だという パンフレットを作りましょう」と申し上げました。そして、もっともっとロケット工法を愛し、さらに進化した技術を取り入れ、もしそれがコスト高になったとしてもやりくり算段をつけ、熱意をもってユーザーの説得にあたりましょうよ、と申し上げました。

片山社長は「それって初心だよな」と言われました。
技術の本領は、人を得て生きるのだと思いました。
[PR]
by sosakujo | 2007-12-19 06:55
ローコストから「定番」の家へ

「ローコスト住宅」と呼ばれるものは、流行り廃れが早いのが特徴です。いろいろな「ローコスト住宅」が現れ、業界を席巻したかと思うと、いつの間にか消えるか、薄い存在に帰しています。これは勢いよく伸びても、クレームに耐えられないから、というのが一番の理由ですが、同時に、デザインの貧相さが段々露わになって、飽きられるからではないか、というのがぼくの見立てです。
日本のプレハブ住宅の多くは「ローコスト住宅」に手を染めませんでした。本来、工業化住宅は量産効果によりコストダウンがはかられ廉くなる筈なのに、日本のプレハブ住宅は、「パーソナルデザイン」とか「我が侭住宅」とか言って個別住宅へと走り、町の工務店が造る住宅のコストを上回るものを造るようになりました。その手法は陳腐化理論によるもので、今、これが新しい住宅だといって売る「商品化住宅」です。今ではプレハブ住宅というより「商品化住宅」という方が実態に即した括りといえましょう。
  町の工務店は、この「ローコスト住宅」と「商品化住宅」に攻められて、次第に受注が薄くなりました。「ローコスト住宅」に手を染めてみたり、「商品化住宅」の後追いをしてみたりして無原則に揺れ続け、存在性はより希薄になりました。
  ここにおいて、前回取り上げた秋山東一氏の「設計言語」が有効に働いて、町の工務店らしさをつくりだしたのです。両方に挟まれて喘いでいた工務店に独自の光を与え、自ら地域の発光体となって歩き出したのです。これは特筆すべきことで、その先進例に賞が授与されたのは当然のことといえば当然のことでした。
  わたしの知り合いの建築家は、近頃、高級住宅ばかりに手を染めていて、そのクライアントの我が侭身勝手(やれここはイタリアの○○タイルを使えだの)にホトホト閉口を覚え、ぼくに「貧乏人の仕事ない?」というのです。
これは仕事が薄くなっている建築家には贅沢な悩みに映るかと思います。しかし、実はこれは深刻な悩みであって、それは上質な中流の仕事に依拠してきた建築家たちの仕事の激減と裏表の関係にあるのです。上質な中流のある者はセレブになり、ある者は下流へと下って、建築家の仕事の対象外へと移動してしまいました。そのため、総じて見ると、建築家の仕事が激減してしまったのです。この建築家自身は、いうなら「我が侭住宅」の塀の上を歩いているようなもので、この知り合いは、出自が「貧乏な建築家」なので、こころが休まらないのです。
  ぼくは、こころある工務店は「ローコスト住宅」でもなければ、「商品化住宅」の後追いをするでもない、質の高い「並」の住宅、「定番住宅」を生むべく、こころある建築家と組んで反転攻勢に出ることを呼びかけています。この呼びかけに賛同してくれる工務店と建築家が、続々と集まりつつあります。年が明けたら、そのための会合を持ちたいと考えています。
  1月中旬には、趙海光さんの「定番住宅」のプレゼンテーションも控えています。
[PR]
by sosakujo | 2007-12-18 09:10
秋山東一さんの「設計言語」
  少しばかり歯ごたえのある話を書きます。事情を知らない人には分かりにくい話かも知れません。

  最近、「OM」系の工務店(たとえば埼玉・小林建設や相羽建設、田中工務店のグッドデザイン賞やエコビルド賞、長野飯田・大蔵建設の長野県知事賞など)が、このところ立て続けに幾つかの賞に輝いています。このことは、「OM」系全体にとって、とても喜ばしいことで、この受賞は工務店とその関係者の努力の賜物です。
  と同時に、ぼくは秋山東一さんがフォルクスハウスにおいて構築された「設計言語」の影響を、多かれ少なかれそこに見出します。この三社の場合は、それを「近くの山の木」の家づくりと結びつけて環境性を表明したことに、受賞の根拠が見出されます。もしもこの「設計言語」がなかったなら、これらの建物の明快性は得られなかったでしょうし、「近山」の発想がなかったら、審査員をして唸らせる時局性、アクチュアリティーを得られなかったものと思われます。
  ぼくのこの物言いは、一般人にはなかなか理解されがたい話ですが、「OM」系の人ならよく分かる話だと思っています。

  それで秋山東一の「設計言語」について、つらつら考えてみました。
  鹿児島のシンケンさんの建物は、この「設計言語」を鹿児島化したもので、その方言化(工務店内部化)において、シンケンの迫さんは一つの世界をつくられました。それは、山梨・小澤建築工房さんの仕事にも共通しています。小澤さんのお仕事が、この「設計言語」の小澤化であることは明らかです。
  この二つの工務店の「方言化」は、それぞれに独創性があって、移植が意外にむずかしいのが特徴です。安易に移植すると手痛い結果を招くこと少なくありません。そういう事例をみたり、聞いたりしています。ぼくのみるところ、シンケンの仕事の移植に成功したのは、鹿児島に足繁く通い食らいつくように学んだ、名古屋のコスモホームさんくらいのものです。コスモさんの仕事は、コスモが拠点とする地域方言になっていて、秋山東一さんの「設計言語」を工務店内部化した好例と言ってよいと思います。
  遣唐使ではありませんが、嵐の海を越えて真剣に学びに行った者に、それはわずかにもたらされた果実といえるものであって、コスモの鈴木岳紀さんの話を聞くと、なるほどそれは涙ぐましい努力を傾けられたのでした。
  このことは当のシンケンの迫さんの努力にもみられたことであって、与次郎ケ浜に秋山東一設計によるモデルハウスを建てられ、浜松に建てられたフォルクスモデルに学ばれ、幾度もあちらこちらに出向かれて見聞を深める中で得られたものでした。小澤さんの場合は、フォルクス前史を含む、秋山さんとの長い長い取り組みの中からつかみ取られたものでした。
  最近、ぼくは滋賀菩提寺の平野住建の仕事に、やはりこの「方言化」の成功をみました。この建物は秋山東一さんもご覧になり、めずらしく工務店の仕事を褒められて、同行者たちからどよめきが挙がりましたが、それは秋山東一の「設計言語」の「方言化」の成功にほかなりません。平野さんもまた、嵐の海を越えて鹿児島に何回も通われた一人であって、ぼくは長らく、幾ら足繁く通ってもセンスがなければ所詮身につかないのではと内心思っていましたが、見事それを覆されたのでした。質実な美しさを持つ、実にフォルクスらしい建物でした。努力は報われることもある、と思ったのでした。
  いずれにしても、秋山東一さんの「設計言語」がもたらした影響は大きく、殊にそれは「OM」系工務店において絶大なる影響を残したと思っています。

  今回、ぼくは「町の工務店ネット支援イベント」の一つとして、「秋山東一の『設計言語』を学ぶ工務店学校」をプロデュースすることになりました。来年2月から、2ヶ月に一回、各地を回りながら開きます。亜流が数ある中で、もう一度、秋山さんの「設計言語」の純粋を学び、それを深化させる試みであり、ぼくはこれを「上級者コース」と銘打ちました。
  参加すれば秋山設計術が身につくという思惑をもって参加する程度の人は何も学べないし、常に頭を全回転させて参加する人にのみ効果のある教室になるものと思われます。ゴーマンな物言いかも知れませんが、そういうものだと覚悟を決めて参加する人だけに集まってもらいたいと思っています。
  ぼくはこの教室をつぶさに取材して、いずれ本にまとめようと考えていますが、今からハラハラ、ドキドキしています。

  また、この取り組みにあわせて、趙海光さんなど「七人の侍」による定番シリーズの取り組みを開始します。「七人の侍」というのは、趙さんから発せられた言葉で、少なくとも七人の建築家を集めて、新しい「設計言語」をつくり出すムーブメントを興そうではないか、という意思の表明とぼくは受け止めました。
  この取り組みには、三澤康彦さんや郡裕美さん、マンジャロッティの事務所におられた河合俊和さんなども「参戦」を表明されています。京都大学の小林正美さんとは、前からそんな話をしているので説得しようと思っています。武山倫さんにも呼びかけています。どんな「七人の侍」(「十三人の侍」になるかも知れませんが)を集めるのか、その陣立てはプロデュサーの腕の発揮のしどころですが、かなりおもしろいことになりそうです。
  また、この取り組みに何人かの若い建築家が名乗りを挙げています。まだ「侍」とは呼べないので、仮に「若侍」と呼ぶことにして、この人たちによる二部リーグの結成も進めています。
  どういうカタチで進めるのか、ぼくは一つの方式を編み出して趙さんに打診したところ「いいんじゃない」という回答を貰っています。最終的には「七人の侍」の会合を開いて詳細を決めようと思っていますが、黒澤明の「七人の侍」は、みな個性豊かなプロフェッショナルであって、あるものは死に、もたらされたものは僅かな(村人にとっては大きな)成功報酬に過ぎないもので、「何だ!」ということで、身を引かれるご仁も出るやも知れません。基本的には、その建築家の発表会に「この指とまれ」で集まる工務店によって構成され、工務店による「方言化」を促すことによって実行される取り組みとなります。
  趙さんからは、町の工務店が造る「並」(2500万円程度)の住宅で、設計者が10数%の設計料を取り、工務店が20~25%の利益を上げるとしたら、40%近いお金が飛ぶわけで、それでやっていけるわけがなく、設計者と工務店の報酬をめぐる軋轢がいろいろな弊害を惹起させていることを考えるなら、10数社の工務店で1人の建築家を雇うという勘定でいいのでは、と言われています。
  ぼくは、町家は一軒の家で成立するものではなく、町並みを得て町家と呼べると思っています。町家の素晴らしさは「並」の家にあるわけで、アノニマスにルール化され、形成されたプロセスに、その土地の知恵があります。そういうものとしての町並み景観の形成は、この現代ではほとんど絶望的でありますが、町の工務店が果たすべき重大な責務だと思っています。
  いきなり町並みを生むことは大変ですが、せめて町角をつくる位のことはしたいと「OMの町角」を提案したことがありますが、建売住宅のキャッチフレーズに用いられる程度に終わっているのが現状です。
  定番による「方言化」というか、工務店による内部化(コストを含めて地域に提案できる内容)の実現がはかられたとき、ぼくは「フォルクスを超えるフォルクス」が生まれると思っています。

  今回の浜松での「れんれんゼミ」は、この新しい仕掛けのお披露目を兼ねたものでしたが、参加者も多く、またロケット工法のメンバーも加わって、よきコラボレーションが得られ、会場は熱気に溢れたものになりました。旧い「OM」系のメンバーからは、「初期のOMにあった熱気を感じる」という感想が洩らされたのでした。
  ぼくは、組織の垣根を超えて、おたがいに「いいとこ取り」し合って伸ばしあうのがネット時代のあり方だと思っています。
  そのとき、原理としてつかむべきものは、ぼくらにあっては「設計言語」であって、奥村昭雄の「設計言語」、永田昌民の「設計言語」、秋山東一の「設計言語」に導かれ、それらを学ぶことで、ぼくらは「OMの方法」を身につけたことを忘れてはならないと思っています。
  いかがなものでしょうか?
[PR]
by sosakujo | 2007-12-14 10:01
吉村順三記念ギャラリー
  昨日の朝日新聞の夕刊に「吉村順三記念ギャラリー」のことが出ていました。わたしは、開館している土日に行ったことがないのですが、このギャラリーの2階が永田昌民さんの事務所なので、閉館状態のギャラリーを、永田さんを訪ねるたびに見ていることになります。電灯が消えていてさびしい感じですが、結構楽しんでいます。でも、やっぱり明るいときがよく、人もいた方がいいので、土日に上京することがあったら寄ろうと思います。
  昨年の藝大での展覧会は、たいへんな人出があって、今更、吉村人気の底の厚さを感じました。大切にするべきことを、ちゃんと大切にすることの意味や価値を、あの展覧会で教えられたという話を、ぼくは何人かの人から聞いていて、そこに人気の秘密があるのですね。
  朝日の記事には、「弟子が解説する建築家の仕事場」というタイトルがつけられていました。そして、一枚に見える応接スペースの写真が一葉載せられていました。
  開館は、毎週土日の1時~6時のみ。予約不要で一般500円。
[PR]
by sosakujo | 2007-12-05 11:54
町並みと町家の関係
  6日から「れんれんゼミin浜松」が開かれます。
  ゼミには100人を超える参加の申し込みがあり、今、その準備に追われているところです。このゼミでわたしが報告する一部を以下に紹介します。
 
  れんれんゼミin浜松 小池報告(一部)

  住まいは、そこに住む人のためだけのものではなく、その家の前を往来する人のものでもあります。ハウスメーカーに「街の財産でもある」といわれるのは癪な話であって、それは本来、町の工務店が口にのぼらせるべき言葉である筈です。
  ハウスメーカーは、「環境」も「景観」も、自分たちが生んでいることを強調します。
  以下はダイワハウスの広告コピーです。新聞の全面広告やテレビのCFで流されています。

  「屋上緑化、という言葉が生まれるはるか前から、その家は建っていました」
  ・ 岩手県軽米町の「芝棟」を施した茅葺き屋根の民家
  「水を使い分けるのがあたりまえ。その街は、黙ってそう教えてくれました」
  ・ 郡上八幡の家
  「家の中に、道がありました。人や風や光が行き来する道でした」 
  ・ 奈良今井町の家

  これらのコピーやビジュアルをハウスメーカーが採用するのは、それが「ウケル」という認識や視点が彼らにあるからです。しかるに町の工務店に、こうした認識や視点があるのか。育っているのか。
  毎日の仕事にあくせく追われているのが現実であって、認識や視点に欠けているというのが実情です。企業規模が大きい小さいではなく、認識や視点をしっかり持たないと、流れに任せているだけになります。町の工務店として何を、どう考えるかということが大事です。
 
  町並み景観は、その土地の職人による定番住宅によって造られた。
 
  成城とか、田園調布とか、渋谷の南平台や松涛、関西の芦屋などは「町並み」といいません。これらは「お屋敷街」であり、不動産屋の用語でいうと「高級住宅街」です。
  町並み景観の代表例は、京都や飛騨高山や秋田角館などですが、各地に意外と多く残っています。滋賀の平野住建の建物を見学したときには近江八幡の町並みがあり、次回の森里海実践塾に選んだ富山桜町遺跡の近くには高岡の町並みがあります。
   これらを構成している建物は、それぞれ地域の表情を持った町家であり、よき建物は、よき町家によって形成されていることに気づきます。よき農村景観も、よき民家によって構成されているのであり、町家も民家も、単品の家ではなく群れを成すことによって存在性を示してきたのです。
  ひるがえって現代のわれわれはどうなのか。
  町並みも何もあったものでなく、混乱を極めているのが現実です。
  建築家永田昌民さんが設計された家は美しいけれど、それは「掃き溜めに鶴では埋もれるのではないか」と申し上げて、嫌な顔をされたことがあります。バラバラの町並みのなかに、幾ら美しい建物が建っても、そのバラバラを構成する一軒でしかありません。ヨーロッパの町を回って羨ましいのは、一軒一軒の家はつまらなくても、群れを成し、緑で被われている素晴らしさに、これはかなわない、と思うのです。
  歴史的景観としての町並みは残されるとしても、形骸化したら住むに足りない住宅になります。住まいは生きて存在してこその住まいです。
  そういう生きた住まいをもって、どうやって美しい現代の町並みをつくるのか、そこがポイントであり、われわれ町の工務店の課題です。
  そのための基礎は、よきスタンダード――定番住宅を持つことだと、わたしは見定めました。町家や民家はアノニマス(匿名)のものであって、時間を掛けながら、ゆっくりゆっくりと形づくられました。軒の出が揃い、格子が揃い、屋根の向きが揃うルールは、よき慣れによるものであり、地元で材料が揃い、それをこなす大工や左官の仕事力も揃っていたからだと思います。コストに見合うことも大切で、経済性は定番化住宅の重要な要件でした。そして町並みを生む背景には地域社会が成立していて、それを押し上げる文化的・経済的な力を持っていました。
  「ローカルの解体」が進行する現在、郊外型店舗と新開地の郊外団地は建設されても、町並み景観といえるようなものは生まれようがない、というのが現状です。それなら絶望的かというと、よき事例は幾つか散見されます。
  たとえば山形県金山町は、町の全住宅の3分の1が「金山型住宅」によって占められています。ここまで持ってくるのに金山町は30年掛かりました。そしてこれを条件づけたのは、建築家の林寛治さんや片山和俊さんが果たした役割でした。
  明治の女性探検家イザベラ・バードが絶賛したように、もともと金山町は山紫水明の美しい村でした。もしこの町がハウスメーカーの建物によって占められたなら、この町の景観は滅茶苦茶になったでしょう。現にそれはあちらこちらの町(街)で起こっていることであって、金山町が特殊な例であることに、この国の町並み景観の現実があります。
  金山町で感じたことは、町の全住宅の3分の1が「金山型住宅」によって占められると、町は一つの景観を持つということです。もし、今回提案の趙海光さんの「町家型住宅」が、ある町の3分の1に達したなら、間違いなく金山町と同じことが起きます。それは「ローカルの解体」に対する抵抗の表現となることでしょう。
  町の工務店は、ほんとうにその町を大事だと考えるなら、その町のスタンダード住宅――定番化住宅を生むことです。これまで工務店は、お客の注文に応える請負によって生活の糧を得てきましたが、注文に無条件に応えることがよかったのかどうか、定見を持ち得なかったのではないか、という反省を持つ必要があります。バラバラはよくなかった、という反省です。
  このことに反発を感じる工務店があるかと思いますが、その町固有の景観を醸成してこその工務店なのではないでしょうか。今の流れは急流で、われわれが造る家の数などたかが知れていて、影響力など持ちようがないと思う人もいるかも知れませんが、それに棹差すことを忘れてはならんと思うのです。
  そのための試みを開始しようというのが、今回の定番化シリーズです。

 続いて、かつてのフォルクスハウスなどと今回の「定番シリーズ」の違い、その方法論などについて報告は続きます。趙海光さんと縣美樹さんによる、具体的な『定番」プレゼンテーションも行われます。
[PR]
by sosakujo | 2007-12-04 12:19