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小池創作所代表・小池一三のブログです
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二冊の本
 最近、たくさんの本を読んでいます。
 嘘のような話と思われるでしょうが、この半年間で300冊ほど読みました。
 実は(これまで秘密にしていましたが)現在、『住まいの予防医学』という本をまとめていて、その資料となる本を、あたりかまわず渉猟しています。何しろ316ページの本で、オハコでないことも書かなければなりませんので……。
 これだけ本を読んでいますと、おおっこれは、という本に出くわします。『平安京のニオイ』(安田政彦著.吉川弘文館)が、その一冊でした。
 もう一冊、建築家の永田昌民特集が雑誌『住宅建築』4月号(建築資料研究社)で編まれたので、この二冊の本について走り書き的に感想を述べます。

 『平安京のニオイ』は、スカトロジー(糞尿譚)の範疇から読んでも興味深いし、平安都市論としてもおもしろい本だと思いました。
 藤原道長が栄華を誇った時代、都ではどういうニオイがしたのかという導入部から、とにかく一気に読ませます。目次をみると、臭いと匂い、糞尿都市、屍臭都市、生活の中のにおい、物語が描く匂い、貴族の生活環境とにおい、記録されないにおい、とあります。著者は歴史学者で、文中、やたら引用が多く出典明記が多く、それが邪魔ではあるけれど、フィクションではない考証の裏づけと考えれば、まあガマンできる範囲のものです。
 スカトロジーといえば、ボッカッチョの『デカメロン』やスウィフトの『ガリバー旅行記』が有名ですが、前者は陽気、後者は陰気な糞尿譚とされます。糞尿譚は、およそこの二つに分類されるのでしょうね。しかし、『平安京のニオイ』は陽気でも陰気でもなく、実証快感といったらいいのか、不思議な感覚にとらわれました。

 さて、二冊目の永田さんの本です。
 今度の永田さんの本は、雑誌の特集というものの、ボリュームもあり単行本にしてもいい内容です。
 冒頭の鼎談がなかなかよくて、おもしろかったです。というより、永田昌民のデザインの本質みたいなものが噴出していて、ほほーっと思ったほどです。これは堀部安嗣さんの屋台回しが利いてのことのようです。堀部さんの挑発的ともいえる話の展開によって、普段、永田さんが言わないような話がほいほいと出てきて、まことに興味深いものがありました。きっとご本人はイヤだったんだろうな、と感じたりもしましたが……。
 本は、買って読むものです。是非、買って読んでください。
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by sosakujo | 2007-03-28 15:20
町の工務店の話
 今、日本の多くの町は、その町が持つほんらいの姿を失いつつあります。歴史的建造物だけでなく、その町が持っていた魅力というか、活気というか、においというか、そうしたものが消えつつあります。
 ヨーロッパでいい町といわれる人口規模は1万人程度といわれます。その位の大きさだと、自分の町だという自治精神が芽生え、美しい町にしようという意識が育つからです。つまり彼の地では、小さい町が美しいのではなく、美しい町とは小さい町のことをいうのです。
 日本では、市町村の合併が進んで、歴史的に意味ある町の名前さえ変えられてしまう例が少なくありません。地名は町の遺産であり、それにプライドを持つヨーロッパ市民がみたら卒倒しかねないことが、案外スラスラと行われています。各地で営々と築かれてきたものが簡単に捨てられ、財政事情を理由にして変化していいものかどうか。
 町は、建物だけでなく、人の蓄積で保たれています。
 人の蓄積とは、名士(セレブ)がたくさんいることではありません。町の八百屋さんが「春キャベツが出たよ」と声を掛けること、その一声一声が人の蓄積を生んでいるのだと思います。その一声は仕入れたキャベツが売れ残ったら困る、ということもありますが、健康によくて、旬の食材だよ、という思いをこめてのものです。その一声が、人と人の「有機的関係」をつくりだし、健康な町と暮らしを生んで行くのだと思います。
 町の八百屋さんは、野菜や果物などの専門家です。魚屋さんは、魚や貝などの専門家です。小間物屋さんは毛糸やボタンのことなら何でも知っています。
 専門知識を身につけるには、時間とお金が掛かっています。そのコストを、最近のお客は見てくれません。郊外店が、週末にタマゴ1個1円のバーゲンをやると、そっちにお客は引き寄せられます。
 こうなると、郊外店と違う価値を持たないと町の商店はやっていけません。知恵と工夫が試されます。挫けてシャッターを閉じる店があると、櫛(くし)の歯が抜けるように町から人(ひと)気(け)が失しなわれます。
 それでも負けないで、何くそと持ちこたえている町もあります。そういう町にはプライドがあります。それが救いです。
 今、スモールやスローといった言葉が、時代をあらわす言葉となっています。それは、ここ数十年間に生じた根本的な変化です。
 エルンスト・シューマッハーが、名著「スモール・イズ・ビューティフル」を書いたのは1973年でした。この本がでたとき、人々は何を悪い冗談を言いだしたのと思いました。そのとき世界は、ビッグであることや、直線の広い道路を通すこと、高層ビルを建設したりすることが幸せだと感じていました。しかし、物質文明と巨大技術は、今、明らかに限界に来ています。
 町の工務店が建てるものは、呼吸し、生き続ける町の根拠、インフラでなければなりません。健康的で、安心して住める家を造るのが、町の工務店の仕事です。
 町の工務店は、スモールであることをつよさとし、誇りにすべきです。町の一員だからやれることを、建築の専門家の立場から大切にすることです。工務店の地道な取り組みが、一つ一つの行為の積み重ねが、八百屋さんがそうであるように、町の人たちとの「有機的関係」を生んで行くのだと思います。
 これは、建築的にいうとヒューマン・スケールやプロポーションの問題です。広いとか、大きいとか、深いというのは、単純に面積や容積にあるのではないのです。
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by sosakujo | 2007-03-20 16:16
『病家須知』を読む
 ナイチンゲールが、クリミア戦争でトルコに赴いたのは1853年でした。
 わが国最初の家庭医学の本、『病家(びょうか)須(す)知(ち)』が発行されたのは、それよりも20年早い1832(天保3年)でした。書名にいう病家とは、病人のいる家をいいます。須知とは「すべからく知るべし」いう意味です。
 この本の現代語訳が農文協から発行されました。
 著者は、武家出身の町医者平野重誠(179〜1867年)という人で、一生官職につかず、庶民の治療にあたり、42歳になって満を持して世に問うたのがこの本でした。その内容は、日々の養生の心得、病人看護の心得、食生活の指針、妊産婦のケア、助産法、小児養育の心得、伝染病対策、急病と怪我の救急法、終末ケアの心得、薬の使い方、医師の選び方とその付き合い方まで、家族の日常生活で必要な項目ばかりが並びます。
 病を癒す呼吸法を説いているページもあって、そこには『万葉集』にある「もの思ひもなし」という歌をうたいながら身体をさするのがよいと書いています。また、子育ては「大地の上に遊ばせて、暑さを避けるほかは、なるべく風や日光にあてることが、成長には有益」だと言います。
 看病については、坐臥(おきぶせ)の介抱や薬を飲ませることにあるのではなく、気持ちが落ち込むことに神経を使うべきで、「世間の庸(よう)医の仕業を見ると、頭痛といえば、処方集の頭痛の項にある薬を調剤して与えるが」、それは「芝居を見ていて泣いている人に悔やみをいうのと同じ」ようなものだといいます。まるで薬漬けの現代医学を笑っているようで、痛快でもあります。
 そもそも「医者三分、看病七分」というのが、この本の言わんとするところで、それは、今でいう「予防医学」の発想そのものです。
 食事や睡眠の大切さが、食材まで具体的に綴られていて、江戸時代の食生活も垣間見られ、結構、読みごたえがあります。
 江戸の町医者平野重誠によって『病家須知』が発行された天保の時代は、天災異変・凶作・大飢饉に人々が喘ぐ時代でもありました。大阪では大塩平八郎の乱があり、東北では百姓一揆が起こり、江戸でも困窮人に依る屯集と呼ばれる民衆蜂起があり、また数年前にはコレラが猛威を振るい、時代全体を不穏な空気が覆っていました。そういう時代に、家族でからだを守る予防医学を彼は説いたのでした。
 当時の江戸は人口100万人を超える大都市でした。同時期、ロンドンやパリが、人や家畜の排泄物が各所に堆積され、衛生面から下水道網の整備へと進んだのに対し、江戸では糞尿を投棄することなく農村に運び、農村はそれを肥料として用い、農作物にして江戸に還流しました。
 『大江戸リサイクル事情』(石川英輔著、講談社刊)の試算によれば、「江戸の住人たちによる排泄物の〈生産量〉は、1人平均が1年間に約10荷だった」(1荷は1桶に入る量)
 といいます。それでも、慢性的な下肥不足で売手市場だったといいますから、当時の江戸は100%以上の排泄物処理能力を持っていたことになります。
 排泄物の移送には馬が用いられました。馬は、農村からの還流品であるワラを食し、馬が落とした糞も集められ、捨てられた草鞋などと混ぜて、堆肥になりました。
排泄物だけでなく、古着を再利用する古手屋、再生紙のための故紙利用、融けて流れたロウソクを買い集めて再生する流し買いなど、資源リサイクルが徹底していました。当時のロウソクは、日光に一ヶ月も晒して作られ、高価なものだったので庶民には手がでないものでした。
 武家であっても、燭台の上にたれて固まったしずくは貴重なもので、流し買いが商売になったことが頷けます。
 江戸の町は、今の京町あたりは繁華していたものの総じて暗く、武家屋敷のあたりはフクロウが鳴いたといいます。この明暗が鶴屋南北をして、グロテスクで残忍な『東海道四谷怪談』を書かしめたともいわれます。鬱積したエネルギーを伴いながら、非常に特異な、パッシブ型社会を形成していたのでした。

 『病家須知』を読み解いていくと、作者平野重誠の、患者と向き合う息づかいが聞こえてくるようです。
 現代語訳の本の帯には「現代人を救う」「江戸期ニッポンは予防医学の最先端国家であった」と印刷されています。かなり高価な本(29,000円)なので、個人で買うのは大変ですが、図書館に働きかけ、揃えてもらうのがいいと思います。
 この現代語訳を中心になってまとめたのは、看護史研究会の保健医さんたちです。
この人たちの健闘を称えたくなる本です。
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by sosakujo | 2007-03-19 18:04
チェーホフ『煙草の害について』
 週一回をお約束しながら、多忙を極め、このところ果たせなくなっています。すいません。いま、300pの本をまとめています。その資料となる本を山と積み、毎日格闘しています。「近くの山の木で家をつくる運動宣言」を起草したとき以来のことです。テーマは建築関連ですが、まだ秘密です。
 全体としてかたい本なので、ホッとできるページを作ろうと思い、アートン・チェーホフの笑劇『煙草の害について』を翻案しているのですが、チェーホフの短編を読み出すとこれがおもしろくて、ついで『サハリン紀行』や手紙類まで読み出してしまいました。チェーホフは外科医のメスという評がありますが、人間行動の洞察というか、機微を、日常行動のなかにこれほどに浮き彫りにした作家は、チェーホフをおいてほかにないことを、改めて感じました。
 ぼくが書いている『煙草の害について』は、モノローグ一幕の掌編です。プロットだけチェーホフから借りただけで、原作を意識すると書けないので、それに捕われずに書きました。しかし、チェーホフを読んでいると、何故かチェーホフのリズムみたいなものが乗り移り、昔、宮本研さんが書かれた『人を食った話』などの調子が、何故ああいうことになったかの秘密が解けたような気がしました。
 チェーホフのことは、殊に『櫻の園』に関して、宇野重吉さんから幾度となくお話を聞くことがありました。今回、チェーホフの一端に触れてみて、宇野さんがあそこまで入れ込まれたことの意味もよく分かりました。やっぱりチェーホフは深い、奥行きがあると思います。
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by sosakujo | 2007-03-05 09:37