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小池創作所代表・小池一三のブログです
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山古志、無惨。
 山古志村(町村合併により、現在は長岡市)に行きました。
 この夏に一度入ろうとしたのですが、復旧工事中で拒まれました。正確には、入村禁止の文字を見落とし、ずんずん入っていって監視員に呼び止められ、追い出されたという話でありましたが・・・。やむなく、同じ信濃川支流である隣の蓬平に入りましたが、こちらには目立った工事はなく、閑散として、監視員はいませんでした。 
 なぜ、山古志村に入ったかというと、新潟の工務店の冊子(全120p)を作っていて、対象となる町(里)の山側として山古志、蓬平(よもぎだいら)を取り上げ、海側として寺泊、出雲崎を取り上げた関係からでした。
 で、二度目の山古志訪問ですが、これは無惨でした。
 コンクリートで覆われた村と化していて、写真で見た山古志の風景は根こそぎ消えていました(かろうじて1ヶ所だけ、山古志らしい風景が残っていてそれを撮りましたが)。この間にあの中越地震があり、山古志が激甚的な被害に遭ったのは報道などで知る通りで、今尚、仮設住宅での生活を余儀なくされている人が多いことも、長岡市内で何度も見聞きしています。
 しかしながら、復旧のために、コンクリートである程度固めるところは固めざるを得ないとしても、ここまでコンクリートづくめでいいのかと思いました。
 傾斜地という傾斜地が、大判の絆創膏のようにコンクリート・ネットがペタンペタンと貼られ、異様としかいいようのない光景でした。村内の工事場所も多く、あらゆる場所が、工事人とダンプとブルトーザーで占拠されていました。
 信濃川の、もう一つの支流を遡る蓬平の方は、被害は似たようなものでしたが、山古志のようには、工事人が群れていませんでした。
 同じ県内の高名な代議士女史が「こんなふうな山古志になっちゃうなら、被害者にお金を配る方がいいのでは」と言ったとか言わないとかの話があり、ヒンシュクを買ったそうですが、「こんなふうになっちゃ」っていると指摘される現実は、ほんとにいいのかなと同調するものがありました。
 ぼくは、激甚災害被災者の救済のためには、思い切ったお金が配られるべきと考えていますが(これを怠っているのが日本の後進性)、同時に、元の生活の場の復旧は不可欠のものと考えています。山古志の場合も、必要な人とお金が投じられ、復旧は急がれるべきです。
 この30年間、日本各地の過疎による亡び村をみてきたぼくが棄村を言うわけがないことを前提の上で、もう一つ踏み込んで、河川改修における近自然工法のようなやり方はないのか、というのが、ぼくの意見です。
 誤解されやすく、書きにくいことを書きました。
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by sosakujo | 2006-11-24 21:17
住宅のグローバル化
 『住み家殺人事件』(松山巌著・みすず書房刊)という本が発行されたのは、04年の夏でした。
 この本に書かれていることは、あまりに嘆かわしい、今の住宅の現実です。
 「建築を新たにつくることは、近代に入ってテロリズムの色彩を強めている。なぜなら、それ以前の時代とくらべれば驚くほど短時間に周辺環境を変え、人間関係を変えてしまうからだ」
 「安易で底の浅い、つくってみたところで真実味などない、こわしたところで悲しむこともない」
 建物が濫造されていて、
 「建物をつくっては壊し、壊してはつくる時代とは、じつは文化と生活と人間関係の連続殺人の時代ではないだろうか」
 と、松山さんは断じます。とにかく松山さんは烈しい。秋霜烈日のごとく。
 住み家について、こういう評論があり得ることを、わたしはこの本を通じて知りました。建築することは破壊を伴うことであり、そのことを自省しない輩の何と多いことか。農業にも、林業にも同じことがいえますが、少なくとも自省があれば、すでにあるものとの緊張が生じます。この緊張のなかでものはつくられるべきであり、それを欠いているのは、ほとんど殺人を犯しているに等しい、と松山さんはいうのです。
タチが悪いのは、エコを言い、「地域主義」などという言葉を掲げながら、その実、「安易で底の浅い、つくってみたところで真実味などない、こわしたところで悲しむこともない」建物を生んでいることです。そういう建物を、わたしは「住宅のグローバル化」と括っています。
 この言葉が、ふいと頭に浮かんだのは、昨秋、哲学者の内山節さんが書かれた、『「里」という思想』(新潮選書/1,155円)という本を読んだときでした。  
 「世界を席巻したグローバリズムは『ローカルであること』を次々と解体していった。たどりついた世界の中で、人は実体のある幸福を感じにくくなってきた。競争、発展、開発、科学や技術の進歩、合理的な認識と判断——私たちは今『近代』的なものに取り囲まれて暮らしている。本当に必要なものは手ごたえのある幸福感。そのために、人は『ローカルであること』を見直す必要があるのだ」
 建築は、どうであれ地域の風景をかたちづくるのであり、建築した以上、その責任は免れません。ローカルを解体する住宅に対し、地域工務店はどうあるべきか。まず、経営に対する考え方を点検すべきだと思います。
 わたしは、地域工務店はお金にガツガツしてはいけないと思っています。経営は継続であり、利益を生むことは必要不可欠なことです。赤字でいいわけがありません。しかし、目先のお金だけ追っていると、知らぬ間に地域工務店にとって大切なものを見失ってしまいます。
 最終的に地域に残すべきは、一軒一軒の家であり、仕事です。地域工務店の経営者が、子や孫に残すべき最大の財産は、建てた建物そのものです。お金は後継者がバカだと消えてなくなりますが、仕事は残ります。
 鎌倉武士は「名こそ惜しめ」と言い合って挙兵しました。地域工務店は「建築こそ惜しめ」と言い合って、これからの家を造るべきです。
 それが地域工務店の経営の要諦ではないか、とわたしは思うのです。
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by sosakujo | 2006-11-21 10:57
森里海連環学のこと
 「Giネット」の話の続きを少しやって、次の話題に入ります。
 「Giネット」の一番目の仕事として、ある医療施設のサインや何や、クリエートな部分の一切を、このネットで請合うことを考えています。少し前に書いた「病気にならないための病院」づくりの仕事です。「Giネット」のメンバーは、たいがい脛に傷を持っていることと、身体のどこか(生活習慣病という奴)に痛みを抱えています。
 脛の傷はともかくとして、生活習慣病は、習慣病というだけあって、日常生活が改まらないとなかなか治らないものです。予防医学というものの、日常生活が改まらない、病院に行かない、行っても医師の指示に従わないでは、治りようがありません。
そういうメンバーに、病気にならないための病院」づくりのクリエーターが務まるかどうか疑問でありますが、団塊世代は、仕事となるとシャカリキになってしまう習性がありますので、わたしは案外おもしろいことになるのでは、と思っています。

 さて次の話題、森里海連環学についてです。
 京都大学に、尾池総長肝いりの「フィールド科学教育研究センター」が設置されました。このセンターは、林学・農学・水産学・建築学など、これまでの京大の研究教育成果を踏まえて、新しい学問の確立をはかる目的で設置されました。専門領域の深・進化のためにも、学際的な視点が求められるようになっており、森里海を繋げて考えることで、それをアウフヘーベンしようというところに、このセンターのおもしろさがあります。
 わたしは、工務店ネットの側から、この学問につよい興味を持ち、京都大学内で工務店を集めて勉強会を開いたりしてきました。毎年、京都大学が開いている「時計台集会」にも参加し、今年末の集会ではパネラーを務めることになっています。
 また、日本の川(川は森里海を繋ぐ動線です)にくわしい天野礼子さんを塾長に据え、わたしが塾頭になって「森里海連環学・実践塾」を開いています。前回は、長野県の鬼無里村にみなで行きました。
 しかしながら、この学問と、町場の工務店の仕事が、どこでどう結びつくのか、何を共同・協同・協働のテーマにして取り組めるのか、まだつかみ切れているとはいえません。けれど、森里海を包含する世界に、これからの日本のあるべき姿や、地域工務店の仕事に重なる「何か」をそこに感じることはできます。
 地域工務店は、学問しているわけではありませんが、それぞれ地域というフィールドを持っています。野丁場で繰り広げている煩瑣な仕事は、悪くいえばフィールドに埋没している毎日といえるのかも知れませんが、ともかくも、「里」の領域で建築を正業とし、その槌音が町をかたちづくり、良くも悪くも絶えざる変化をもたらしていることは確かです。建築は、それ自体一つの社会活動であり、連環の中で成り立っている業だからです。
 次回の実践塾(12月16日〜17日) は、日本一の清流と、耕して天に至る棚田の村として知られる島根県柿木村(柿木村のことは季刊誌『住む』春号に書きました)で開きます。今回は、村の公開講座を兼ねた開催になっていて、C.Wニコルさん・京大竹内典之教授を招待講師になってもらいます。パネルディスカッションには、建築家の永田昌民さんや、地元の面々がパネラーとした登壇いただき、いろいろな議論を行いたいと思っています。
 今回の実践塾には、全国の工務店メンバーのほか、建築家の秋山東一氏・伊礼智氏・村松篤氏も参加の予定で、とても不便な場所で開かれる会に、これだけのメンバーが集まること自体、とてもユニークなことだと思っています。
 参加したい方(特に工務店の人)は、お申し出ください。
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by sosakujo | 2006-11-10 12:40
Giネット
 今日は新事務所の開所を祝う会でした。大勢の人が寄ってくれました。先程まで、ワイワイガヤガヤやっていました。
 この祝う会は、実は「GIネット」の発会式を兼ねました。
 「GIネット」とは、市内のクリエーターたち、アートディレクターやイラストレーター、カメラマンやコピーライターたちのネットですが、メンバーは団塊世代が中心です。つまり「Gi」は、「GiGi」たちの集まりなのであって、しかし、そう呼ばれたくなくて、軽く、ちょっと不良っぽく「Giネット」と呼ばれたいという切ない願望がこめられています。というのは、団塊世代というのは、ロカビリー全盛時代からすると、ちょっと「遅れてきた青年」で、何事も生真面目に、刻苦奮励で24時間戦ってきた奴が多いのです。だから、一世代前の「ちょっと不良っぽい」のに憧れる気持ちがあって、「Gi」というと、ウウッ!というのがあります。
 メンバーは、みなプロフェショナルたちです。何十年にわたって、たくさんの仕事をしてきた錚々たるメンバーです。とはいっても、近頃は少々疲れてきてもいて、何かいい刺激がほしいと思っていたところでした。それだけでなく、団塊世代だからこそ見えること、やれることがある筈だと、かねがね思ってもいました。
 それならば、愚痴ったり、誰かのせいにしないで、これからの社会に必要な仕事をつくることに向うべきでは、ということになりました。向う気持ちになると、何といっても、この世代はつよいのです。
 というわけで、「GiGiここにあり!」ということになった次第ですが、やっぱり元気で、ノリが一番よくて、声が一番大きいのも、酒を一番呑むのも「Gi」たちでした。団塊はつよし、ということを改めて思いました。
 ただこのメンバーは揃ってハイテクが苦手です。それぞれの会社にはハイテクを駆使する若手はいるのだけど、「手の感触が大事なのさ」とかいって、頑強に自らそれに与されることを拒んできました。まあそれはいいとして、それではネットを組んでも、素手で鉄砲に向うようなものなので、この現代にあって縦横無尽の戦いをすることはできません。
 それを案じた若い人たちが、それじゃ「Gi」さん話にならないよと、サポートネットを組んでくれることになりました。今日もサポーターたちが集まって、若いのもいいとこあるじゃない、と「Gi」たちは目を細めていました。だから、この面は素直に従うことにしました。
 若手は若手で「目利き」とか、「手の感触」が持つ凄さとか、おもしろさに興味を持ってくれているようです。伝承することが、たしかにむずかしくなってきていることは事実です。かといって、それは引き算ではなく、若手が摂取すべきもの、古参が若手の力を活かすことの関係は、互いにチカラを存分を発揮することが大切です。つまり、それは今の言葉でいうと、若手と古参とのコラボレーションということになるのですが・・・。
 前回紹介した、新潟長岡の高田建築事務所の30周年記念のシンポジウムのパネラーたちも、みな団塊世代でした。今は「スロー」が流行っていますが、「スロー」を言いながら、実にアグレッシブな人たちばかりでした。今夜の「Giネット」のメンバーも、「余生を」などと寝ぼけたことをいう人はいません。現在と正対しながら、懸命の人たちばかりでした。そこが団塊世代のイヤなところ、といわれるかも知れませんが・・・。 (この項、初出11/8。修正加筆11/10)
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by sosakujo | 2006-11-10 10:22