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小池創作所代表・小池一三のブログです
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『羅針盤のない旅行者』
『羅針盤のない旅行者』という本があります。
同じ作者による『人間のしるし』と共に、20歳の頃、むさぼり読んだ本です。

作者は、ナチス・ドイツに囚われ、収容所から釈放されたあとは、レジスタンス=反ドイツ抵抗運動に参加したクロード・モーガンです。
発覚すれば銃殺確実という、緊迫に満ちたドイツ軍による占領下のパリにあって、作者は地下新聞『フランス文学』をパリ解放まで発行した兵(つわもの)ですが、むしろ、そういう状況下にあって、柔らかな精神を保持し続けたことに感銘を覚えました。

ナチスの収容所を書いたフランクルの『夜と霧』もそうでしたが、極限状況にあって、粘りをもって生き抜くのは、肉体的に強靭であるよりも、精神的な勁(つよ)さがものをいいました。
「疾風知勁草=疾風ハ勁草ヲ知ル」〔後漢書〕----勁草は、風につよしです。

もう、ずいぶん前に読んだ本ですが、「悲惨とはあれやこれやが欠けていることではない。 それは希望が存在しないこと」だという一節を諳んじています。
そうか羅針盤とは、方向を見定めることだけではなく希望なのだ、と思ったことを、今でも鮮明に覚えています。ぼくはその頃も本の虫だったので、よく言われる青春の一冊という言葉を好みません。影響を受けた本はたくさんありますので……。けれども、鮮明に記憶しているということは、まあ、青春の一冊だったのでしょうね。

文学や音楽を、自分の免罪符、カムーフラージュにしてはいけないということも、これらの本によって教えられました。
「ドイツ人の多くは、窓の下でユダヤ人や抵抗者が囚われているのに、部屋を花で飾り、モーツァルトを聴きながら、自分は純粋な人格だと思っていた」とは、歴史学者ハーバート・ノーマンが、たびたび口にしたという言葉です。これはハーバート・ノーマンがカイロで自殺したときに、羽仁五郎が雑誌に書いていたことですが、モーガンの小説に、繰り返し書かれていたことも同様の話でした。
モーガンは、手は血まみれであっても、教養ある殺人者はモーツァルトを聴くことで自分を回復できる、というのです。感性に騙されない理性的認識とは何かということを、モーガンはいいたかったのだと思います。

お粗末なお涙頂戴や、エコを言いながら私的有用性に走るヤカラが横行しています。それ自体、とても恥ずかしい存在ですが、困ったことに、この手のヤカラは自覚症状というものがありません。尤も、モーツアルトではなく、松山千春や演歌というのが、歌としても、いかにも哀しいところでありますが・・・。
哲学や理性の無力さを感じますが、そんなヤカラに負けてはならないと思っています。

理性に目覚めよ !!
by sosakujo | 2008-10-18 07:41
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