title
小池創作所ロゴ
小池創作所代表・小池一三のブログです
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
以前の記事
2013年 05月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
最新のトラックバック
現代町家塾
from ShopMasterのひとりごと
芍薬(しゃくやく)
from aki's STOCKTAK..
敵こそ、我が友 /MON..
from aki's STOCKTAK..
住まいネット新聞「びお」..
from simple pleasur..
住まいネット新聞「びお」..
from ONE DAY
こんなのができました♪「..
from ONE DAY
京都議定書 アメリカ
from 地球温暖化
京 静華 プレオープン
from irei_blog
静華
from 徒然ダメ日記 およそTANT..
チベット自治区ラサへグー..
from グーグル地図で世界遺産巡り〜..
リンク
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
AX
映画『敵こそ、わが友』
秋山東一さんが観られて、よかったというお話だったので表題の映画を観てきました。

ナチスの戦犯、残党であるクラウス・バルビーの軌跡を追ったドキュメンタリー映画です。バルビーは,ドイツ占領下のフランスで殺戮、拷問の手腕を発揮し、夥しい数のユダヤ人やレジスタンス活動家を強制収用所に移送したナチス親衛隊の大佐でした。彼は31歳で敗戦を迎えますが、そのあと、彼は裁かれることなく、ずっと自由の身で戦後を生き続けます。「敵」であったアメリカの戦後政策のために「友」(アメリカ陸軍情報部CICの要員)として扱われたからです。フランス政府も、バチカンも、それに手を貸します。

バルビーは、ラットライン(逃亡ルート)を通じてバチカン神父の手引きによって、南米ボリビアのラパスへと逃亡します。やがて彼はボリビア軍に食い込み、彼らにゲリラ戦封じの作戦を伝授し、チェ・ゲバラの殺害を成功させたりして功績を挙げます。そしてボリビアの海運会社の社長に納まり、第四帝国を夢見て、ナチスの再結集に動きます。
荒唐無稽な話ですが、チエ・ゲバラの演説の実写や、虐殺後の遺体なども映し出され、目が釘になることもあり、また、チリのピノチェット政権との関係も伝えられ、あの時代の南米におけるCIAの暗躍と重なります。

1982年、ボリビアは民政へと移管します。それに伴い、バルビーはボリビアから追放される羽目になり、フランスに移送され、裁判にかけられ、終身刑(フランスは死刑がない)に処せられ、そうして刑務所の中で癌に冒され死にます。
この裁判において、彼は裁かれるのだけれど、果たしてバルビーを裁けるのか、戦中においても戦後においても、この憎むべき「敵」を「友」として扱い、彼もまた「敵」を「友」にすることで戦後の長きにわたり彼は泳ぐことができたのです。この歴史のアイロニーを、映像と証言は、これでもかこれでもかと執拗に追うのです。
バルビーを告発した映画というより、こういう人物をのさばらせたことに、戦後状況ということと、ひいては民衆である我々自身の「未必の故意」が炙り出されているような気がしました。
銀座のテアトルシネマで上映されています。

映画の舞台になったフランスのリヨンに、わたしは2泊したことがあります。
リヨンの旧市街は世界遺産に選ばれていて、美しい街でした。リヨンは演劇の盛んな都市であって、戦中、パリから逃れてリヨンに移住した演劇人たちは、レジスタンスの運動に深く関わり、戦後、そのままリヨンで演劇活動を再開したという話を聞きました。この映画をみながら、その関係者の何人かは、バルビーの魔の手に掛かったんだろうな、ということが想像されました。

ボリビアの首都ラパスには行っていませんが、お隣のベネズエラの首都カラカスには行っています。ギアナ高地に行く途中に立ち寄りました。チャベツ大統領が一部の軍部に拉致され、解放されたあとの騒然とした状態にあるカラカスでした。大統領府周辺は機関銃を持った兵士が囲んでいて、カメラを向けようものならバズーカ砲が飛んでくるよと通訳兼運転手に脅されましたが、冗談ではないリアリティがありました。
カラカスの空港は海の縁(へり)にあって、そこからいきなり急峻な山が立ち上がっていて、この急坂を登っていくと、夥しい数の粗末な家が崖地に建っていて、標高千メートルにあるカラカスに入ります。ラパスは、山岳都市でもっと高いところにありますが、映像でみる都市の雰囲気はカラカスとよく似ていました。集合住宅の窓の7階までが鉄格子に被われ、豪邸の塀は有刺鉄線が張り巡らされ、猛犬が吠えていました。
市内は、排気ガスを撒き散らす車、車、車で、ひどい渋滞でした。つよい夕立が降ったかと思うと、排水の悪さから、それが道路に溢れ出ていました。ストレスの大きな街だという印象でした。同じ南米でもチリのサンチャゴとカラカスではまるで違い、映画にみるラパスはカラカスに近いと思いました。
ラパスは標高が高いため、貧乏人は空気の薄い山手の方に、金持ちは鞍部の方に住むことを何かの本で読んだことがありますが、バルビーは、きっと鞍部に住んでいたんだろうな、ということも、この映画を観ながらふいと想像されました。
[PR]
by sosakujo | 2008-08-02 18:26
<< ハーバート・ノーマンのこと 住宅建築400号記念パーティの... >>