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ぼくが先のブログで「一抹の疑念」としたのは、なし崩しの問題でした。なし崩し的に進行している流れに棹差さないで、対応策だけでいいのか、もっと本質論をやるべきでは、という問い掛けでした。
野辺さんとは、ジャブの応酬こそありましたが、「人民内部の矛盾」と思っています。氏がなされていること自体に「一抹の疑念」を持っているわけではありません。 これを曲解して、「ヒルトップ博士」なる人物は、「流されよ」などと寝ぼけたコメントを入れています。ご丁寧に『論語』の諦観思想を持ち出すのはいいけれど、論点と外れたところで姦しく言ってほしくありません。これでは野辺さんにとって贔屓の引き倒しになるのではないでしょうか。 ぼくはプレーヤー工務店の重要性を理解していますし、言っておきますが、そのために数十年間仕事をしてきた人間です。 町の工務店が、今の時代を生き抜いて行くには、隊長さんがいうように、自身をプレーヤーに高めることが大切で、そうでなければ地域の人達に振り向いてもらえません。それは確かです。 であるなら、どのようなフレーヤーになるかが問題です。 『プラスワン』の場外乱闘は、それはそれで愉しいものだけど、ここからは、そうした議論に移って行きたいと思います。もう不毛の議論はしたくありません。 プレーヤーの方向としては、伝統的な手法を身につけるのもその一つです。大江忍さんたちがなさっている取り組みは、この方向のものです。ぼくは大江さんたちの取り組みを貴重な取り組みだと思っています。 また、メーカー志向のやり方や、ローコストに徹する方法など、ほかにもいろいろあります。そういうものも、いい悪いは別にして、プレーヤーとして自分を仕立てる取り組みの一つといえるでしょう。 今、ぼくが提唱したいのは「クラフツマンの工務店」というあり方です。 このあり方に思い至ったのは、建築家の趙海光(ちょううみひこ)さん描かれている「イームズの夢」に触発されてのことでした。 イームズとは、あのチャールズ・イームズのことです。イームズは、成型合板を用いて三次曲面にデザインされた椅子で知られているけど、建材カタログのありふれた在庫品を用いて自邸を造りました。「ロックンロールにも似たあのザワめく雰囲気ね、あれが好きなのよ。あの建物、全部溶接でやられているんだ。ボルトで締めればいいのにと思うけれど、彼は面倒な溶接を選んだ。理由はハッキリしていて、当時溶接の方が安かったからなんだ。純粋に技術だけを追うあり方とは違う考えがそこにあ」るんだ(『木工法に夢を見た』インタビュー記事より)、と趙さんはいいます。 『新建ハウジング』の『プラスワン』に掲載されているぼくの原稿の次号(4月号)でそのことに少し触れ、次々号からその詳しく書き込んでいく予定でおりますが、伝統回帰ではない、メーカー志向でもない、町の工務店の一つの生き方としてのクラフツマンの工務店こそ、独立自営工務店が磨くべき技術の方向ではないかと、ぼくは趙さんに触発されて思ったのです。 実際には、そういう方向づけを工務店は持っているのだけれど、論理にまで高められていません。共通の論理にしないと、ムーブメントになりません。どこまで解けるか分かりませんが、まあやってみます。 このあり方は、考えてみるとぼくやぼくの仲間たちが、ずっと追ってきたことでもありました。そもそもOMソーラーは、そのようなものとして開始されましたし、秋山東一さんのフォルクスハウスも、これに学んだシンケンや小澤建築工房さんの取り組みもこの筋のものでした。 フォルクスハウスは、OMが始めた物流の側面ばかりが問題にされ、あれを始めたことがOMの転換点だったという議論がありますが、設計的側面からみると、あの試みは革命的な意味を持っていたと、ぼくはみています。 OMの工務店は、あの独創的ともいえる取り組みを経ることで「設計がみえた」のです。工務店の「設計の手法」を身につけたのです。このことの正当な位置づけがなされているかと考えたら、ちゃんとなされていません。この歴史評価を行い、そこから「クラフツマンの工務店」の論理的根拠を導き出したいと思っています。 それで気づいてみたら、相羽建設さんがなされている「木造ドミノ」も、伊礼智さんの「設計標準化」の取り組みも、村松篤さんの「Bio森の家」の取り組みも、関西の三澤康彦さんの取り組みも、みんなこの文脈のものとして取り組まれているのではないか、ということに思い至りました。鎌田紀彦さんの断熱・気密の取り組みや、齋藤陸郎さんのロケット工法も、この範疇のもの考えていいのかも知れません。 4月23日~24日にかけて「れんれんゼミin大阪」を予定(みなさん日程を空けておいてください)していますが、「木造ドミノ」の半田雅俊さん、伊礼智さん、三澤康彦さん、村松篤さん、それから秋山東一さんなどに集まっていただく予定でいます。ぼくの方では趙さんの「定番学校」の中間報告を予定しています。このゼミには、永田昌民さんも登壇されます。賑やかなゼミになりそうで楽しみです。 今回のゼミは、「クラフツマンの工務店」の設計技術を、まずこれらの人に語ってもらい、工務店による実践的な取り組みを経て、秋にそれを検証するゼミを開催したいと考えています。
by sosakujo
| 2008-03-09 06:24
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